【書籍化記念Ep③】女子高生と大事なエプロン

「お兄さんって、誰からお料理を教わったんですか?」


 いつものように二人で夕食をとっていたところで、不意に真昼まひるが聞いてきた。俺はケチャップライスの上に薄焼きたまごを乗せただけの〝オムライスもどき〟を口へ運ぶ手を止め、「ん?」と首を傾げる。


「いや、誰からも教わってないよ。今もそうだけど、ネットで調理方法や手順を調べて、その通りに作ってるだけ」

「えっ、そうなんですか!? 私、お兄さんのお母さんがすごくお料理上手な人だったりするのかなって思ってました!」

「ははは、ないない。母さんはそんなすごい人じゃないし、母さんから料理を教わったこともないよ」

「はえーっ、つまりお兄さんは独学でここまで美味しいお料理を作れるようになったんですね! これが……天才……!」

「真顔でなに言ってんの?」


 本気で瞳を揺らす女子高生を見て呆れる俺。もし本当に天才だったら今頃オムライスをきっちり巻いて作れていただろうし、ケチャップライスの味付けにムラが出ることもなかっただろう。レシピ頼みの素人でも美味うまい料理は作れるが、技術面については調理を繰り返して腕を磨くしかないのだ。


「キャベツの繊切せんぎりも上手く出来ないし、たまご焼きもしょっちゅうぐちゃぐちゃになっちゃうんだよな……」

「お兄さんにもそんな時期があったんですか?」

「いやガッツリ現在進行形だよ。目の前のオムライスを見てくれ」

「ごちそうさまでした」

「食べ終わるの早っ」


 俺の皿にはまだ半分以上残っているのに、倍近い量を盛り付けたはずの真昼の皿は見事にすっからかん。相変わらず、食べる量もスピードも尋常じゃないな。

 まだ満腹でないのか、物欲ものほしそうにこちらを見つめてくる女子高生に冷蔵庫から取り出したプリンを与えつつ、俺は「そういえば」と話を切り替える。


「真昼のほうこそ最近、料理上手になってきたよな」

「えっ! 本当ですか!?」

「うん。最初は包丁持たせるのも怖いくらいだったのに、最近は俺が見てなくても結構テキパキ出来てるしね」

「えへへー、お兄さんの教え方が上手ですからねっ! それじゃあまた今度、お兄さんが出掛けてるあいだに私一人でお料理を――」

「それは駄目」

「食い気味に!? ど、どうしてダメなんですか!?」

「だって俺が見てないと包丁で怪我するかもしれないし、火を使おうとして火傷やけどするかもしれないだろ」

「し、心配しすぎですよう。最近は自分でも器用になってきたと思いますし……」

「はいはい、自分一人でエプロンを結べるようになってから言おうなー?」

「むぐっ……た、たしかに私、未だにお兄さんに結んでもらわなきゃけられないですけど……!」


 学校の制服がケチャップで汚れないようにと着けたままにしていたエプロンを外し、悔しそうにうめく真昼。

 今彼女が使っているエプロンは後ろで紐を結ぶタイプだ。そのためお世辞にも手先が器用でない真昼は、誰かのサポートなしでは上手く着ることが出来ない。俺の部屋でしか使わない関係上、サポート役も俺しか務められないわけだが。


「そういやこの前、ホームセンターで違う種類のエプロンが売ってたぞ。ボタンでめるタイプとか、身体の両脇で紐を結ぶヤツとか……なんだったら今度買ってきて――」

「要りませんっ!」

「食い気味に!? な、なんでだよ? 真昼一人でエプロンを着けられるようになるんだぞ?」

「だ、だって、そうなったらもうお兄さんに結んでもらえなくなっちゃいますし……それにあのエプロンはお兄さんが初めて私に……」

「え? 今なんて?」


 ごにょごにょと聞き取れない小声で何事かを呟いていた真昼は、「な、なんでもありません!」と頬を膨らませてそっぽを向く。


「……どんなにお料理上手になれたとしても、私はお兄さんのエプロンを着けていたいです」


 テーブルの端に畳んで置いたそれを大事そうに撫でた少女の頬は、なぜか少しだけ赤みがかっているような気がした。

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