【書籍化記念Ep②】女子高生と噂の彼

「えっ、彼氏?」

「そう! 真昼まひるちゃんって今、彼氏いるの!?」


 とある平日の昼休み。いつものように教室で昼食をとっていた旭日あさひ真昼は、その突拍子もない問い掛けに首をかしげた。


「ううん、いないけど……それがどうかしたの?」

「えーっ、ウソだあ~っ!」

「だってこの間、真昼ちゃんが男の人と歩いてるの見たよ!?」


 当然のように否定した真昼に対し、質問を投げた級友たちは揃って不満げな声を上げる。そしてその傍らでピクッと反応したのは、近くの席でこっそり彼女らの会話に耳をそばだてている男子生徒たちだ。


「おい、今の聞いたか……!?」

「あ、旭日に彼氏だと……!?」

「そんな……!?」

「うちのクラスじゃ数少ない癒し系女子に、とうとう男の影が……!?」


 女子勢には聞こえない声量でヒソヒソやり取りをする男たち。真昼はクラス内ではさほど目立つ存在ではないものの、その可憐な容姿と心優しい性格に惹かれる異性は多い。アイドル的とまでは言えずとも、マスコット的人気を博しているのだ。そんな旭日真昼に男の影とあれば、男女を問わずウワサまとになってしまうのも必然だった。

 一方の真昼はといえば、そんなクラスメイトたちの様子にも気付かずに「ああ~」と呑気に笑って言う。


「みんなが言ってる男の人って、たぶんお兄さんのことじゃないかな?」

「お兄さん!?」

「えっ、真昼ちゃんって兄弟きょうだいいたっけ!?」

「あ、ううん。そうじゃなくて……同じアパートに住んでる、大学生のお兄さんなんだ。よく一緒にお買い物に行くから――」

「同じアパートッ!」

「大学生ッ!」

「年上の男ッ!」

「え、えっと……みんな?」


 言葉を遮って一際ひときわ大きな反応を示した友人たちに戸惑う真昼。するとそのうちの一人が胸の前でスッと手を挙げて「ちょっとタイム」と言い放ち、真昼に背を向けてなにやら話し合いの輪を作った。


「ど、どう思う?」

「相手は年上の大学生で、よく一緒にお出掛けするんでしょ? そんなのもう彼氏みたいなもんじゃん!」

「でもあの真昼ちゃんがウソをくとは思えないし……」

「いやいや、真昼にその気がないってだけで、相手の男がどう思ってるかは……」


 意見を出しつつ「むむむ……」と考え込む女子たち。そして今度は先ほどとは別の少女が「すみません!」と高く挙手した。


「一つ質問よろしいでしょうか!?」

「えっ、あっ、ハイ?」

「真昼さんは、その男性のお宅に行かれたことはありますか!?」


 なぜか記者会見風の質問に、真昼は「えっと……」と間投詞を挟んでから何気なく頷く。


「うん、お兄さんの部屋にはよく行くけど……」

「「「「ッ!!」」」」


 瞬間、話を聞いていた全員がガタッと椅子を揺らした。「うぇっ!? な、なに!?」と驚く真昼を差し置き、再び輪を作るのはもちろん女子たちだ。


「き、聞いた!? よよよ、『よく部屋に行く』って……!」

「決まりだわ……その大学生、絶対真昼のこと狙ってる……!」

「真昼ちゃんの様子を見る限り、まだ手は出されてないみたいだけど……」

「それも時間の問題でしょ! 大学生の男が可愛い女子高生と自宅で二人っきりよ!? そんなのなにもないほうがおかしいわ! きっと真昼は、近いうちにその男の毒牙に――ってあだあっ!?」

「なに勝手な妄想繰り広げてんのよ」

「あ、ひよりちゃん」


 不穏な想像を語る女子の頭をはたいたのは小椿こつばきひよりという少女だった。真昼の親友でもある彼女は近くの椅子に腰掛け、くだらなそうに頬杖をつく。


「な、なによひより!? あんた、真昼のこと心配じゃないわけ!?」

「別に」

「なっ……!?」

「たしかにこの子は危なっかしいから、私も最初は心配してたけどね」


 「でも……」と、親友の少女は状況が飲み込めていない真昼のほうをちらりと見た。


「『でも』、なによ!?」

「……いや、なんでもない。とにかく、心配するだけ無駄ってだけ」

「はあっ!? あんたねえ!? 真昼がその男に襲われたらどうすんのよ!?」

「そうだよ、真昼ちゃんみたいな女の子が相手だったら、男なんてすぐ鼻の下伸ばしてデレデレするんだから! 男子このひとたちみたいに!」

「「「「!?」」」」


 ギャーギャーとわめく女子たちと、思わぬところから流れ弾が飛んできて焦る男子勢。しかしそれでも、ひよりは肘をついたまま呟くだけだった。


「……デレデレ、ねえ」



 ★



 その日の放課後。


「あっ、お兄さんっ! こんなところで会うなんて奇遇ですね!?」

「ん? おー、真昼と小椿さん。学校帰りか?」

「はいっ! お兄さんはお買い物ですか!?」

「うん、今日はもう予定もないし、散歩ついでにいろいろ買いに行こうと思って」

「そういえばお兄さんのお部屋の冷蔵庫、今日の朝ごはんで空っぽになっちゃってましたもんね! あっ、それにお醤油とサラダ油ももうすぐなくなりそうでした! あと食器用洗剤の買い置きもこないだ使っちゃったから……」

「そ、そうだったっけ? よく覚えてるな、真昼」

「ふっふーん、お兄さんのお部屋のことなら六〇パーセント把握してますっ!」

「微妙な数字」

「そうだっ! 私ももう帰るだけですし、一緒にお買い物に行きましょうっ! たしか今日は卵がお買い得なんですよ! お一人様一パック限定!」

「へえ、そうなのか。じゃあせっかくだし、付き合ってもらおうかな?」

「はいっ! えへへへ~、お兄さんと~おっ買い物~♪」

「なにがそんなに嬉しいんだよ」


 ぴょんぴょこ跳ねながら〝お兄さん〟の隣にぴったりくっついて歩く真昼。そんな彼女の姿を見て、ひよりはフッと微笑む。


「――デレデレしてるのはどっちなんだか、ね」

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