第三八三食 旭日真昼とお父さん①


「んぅ……むにゃ?」


 長く深い眠りから、少女――旭日真昼あさひまひるは目をました。口の端かられていたよだれをぬぐい、寝間着ねまき代わりにしていたTシャツ姿のままぐいーっと身体を伸ばす。

 試験期間中盤からは生活リズムを健康なものに戻していたとはいえ、心の底からぐっすり眠ったのは本当に久し振りだった。久しぶりに大好きな彼に会えたことで、一番巨大な心のつかえが取れたのが大きかったのかもしれない。

「というか私、いつのに寝ちゃったんだっけ?」と思いながらキョロキョロと周囲を見回した彼女は遅まきながら気付く。ここが自室のベッドの上ではなく、実家二階の部屋に敷かれた布団の上であることに。


「……あ、あーーーっ!? そ、そうだっ、昨日の夜はお兄さんがお父さんとお話するって言ってて、私もそれに参加しようとしてて……い、今何時っ!?」


 勢いよく顔を振り向けると、窓からは既に明るい光がし込んでいる。いで時計を見れば――現在の時刻は七時五〇分。とっくに朝日ものぼっている時間だ。


「ノオーーーーーッ!?」


 絶叫し、布団から飛び上がる真昼。なんという失態だろう、まさか自分と恋人の今後を左右する重大な場面でおねんねを決め込んでしまうとは。こんなことでやっぱり彼との交際は認められない、などという結末になろうものなら死んでも死にきれない。


「おっ、お兄さんっ! ごめんなさい、私いつの間にか寝ちゃって――って、ウッ!?」


 部屋を出た途端、少女は台所とリビングにただよ臭気しゅうきに思わず口と鼻を手でおおった。


「お、お酒くさあ……っ!? お酒飲むとは言ってたけどお兄さんたち、いったいどれだけ飲んだんだろ……」

「うう……ま、真昼、か……?」

「! お父さんっ!?」


 娘の声に目を覚ましたのか、テーブルに突っ伏したまま眠っていたらしい父・冬夜とうやがのろのろと身体を起こす。そして酒臭い空気に反して既にアルコールは抜けきっている様子の彼は、なぜか無駄にイイ笑顔で親指を立てて言った。


「フッ……なかなかいい男を見つけたな、真昼よ……彼が俺の身代わりスケープゴートになってくれなければ、あやうく警官が酒気帯び運転で出勤するハメになるところだったぞ……」

「どういうことなのっ!? というかよく見たらお兄さんとお母さんは炬燵こたつで寝ちゃってるしっ!? わ、私が寝てるあいだになにがあったのさ!?」


 まったく状況が飲み込めていない真昼が水を差し出しつつたずねると、冬夜は昨夜ゆうべの出来事の全容を話し始めた。





「もうっ、お父さんもお母さんも信じられないよ、お兄さんにお酒ばっかり飲ませて……! お兄さんは普段、お酒なんてほとんど飲まない人なんだからね!?」

「い、いやあ、面目めんぼくない。知っての通り母さん、酒が入ると歯止めがかなくなっちゃうから……」


 キッチン前に立ちながらぷんすこといかる娘に対し、父は眉尻を下げつつ苦笑する。

 冬夜の話を簡単にまとめると、昨日は一通り話が終わってから酒宴しゅえんが開かれたらしい。酒が入ると性格キャラが厄介な方向に強化される母・めいによって、男性陣は文字通り朝まで酒に付き合わされたとのこと。仕事に差しつかえるということで冬夜は早めに見逃されたそうだが……その身代わりになった夕はあのようにダウンしているわけだ。

 大切な恋人を潰されたことにひたすらいきどおる真昼。そんな彼女を見て、冬夜は「そ、そういえば」と話題をすり替えにかかる。


「真昼、さっきから何を作ってるんだ? なんだかすごくいい匂いがするが……」

「……玉子雑炊ぞうすいだよ。前、お兄さんが風邪かぜを引いて体調が悪い時に作ったら喜んでくれたみたいだから」


「お酒飲んだ後にもいいと思う」と、火を消したコンロから土鍋を持ち上げた真昼は短く言う。これから仕事へ出掛ける父のため、なるべく消化に良いものをと選択した結果だ。

 不機嫌そうに唇をとがらせてはいても、その根底こんていにある優しさは変わらない。しかし一年前までの彼女であれば、この程度の簡単な料理さえ作れなかっただろう。


「そうか、これが彼も話していた……」


 娘手製の雑炊を前に、冬夜はそう小さく呟いてレンゲを手に取った。

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