第三八四食 旭日真昼とお父さん②

家森やもり君も、この雑炊ぞうすいの話をしていたよ」

「え?」


 愛娘まなむすめが作った玉子雑炊をどこか感動の面持おももちでしょくしていた冬夜とうやが不意に言った。それを聞き、未だご機嫌斜めだった真昼まひるがピクッと露骨な反応を示す。


「お、お兄さんが私の作ったごはんの話をしたの!? なな、なんて!? なんて言ってた!? 『美味しい』って言ってた!? 『お嫁さんにしたい』って言ってた!?」

「い、いや、美味うまかったとは言ってたが、流石にめとりたいとまでは……というか父親おれ相手にそれを言えるとしたら彼、豪胆ごうたんにも程があるだろう」

「キャーッ! お兄さんが私の居ないところで私のごはんを『美味しかった』って……! えへ、うぇへへへへへっ……!」

「聞いてないな」


 この場に雪穂ゆきほあたりが同席していれば「笑い方気持ち悪っ」くらいのツッコミが飛んで来ただろうが、そんなことはお構いなしに真昼は喜色満面の笑みを浮かべる。先ほどまでの不機嫌など、どこか遠いところへ吹っ飛んでいってしまった。

 恋人のこととなると周りが見えなくなる娘の姿に自身の血を感じたのか、なんとも言えない表情の冬夜。そして彼は、声の調子を少し真面目なものに変えて続ける。


「……彼は、『真昼が一二月に成績を落としたのは自分のせいだ』と言っていた」

「!」

「試験の準備期間に風邪を引いて心配を掛けたり、自分に贈るクリスマスプレゼントを買うために色々準備をしてくれていたせいだ、とな。彼がこの雑炊の話を出したのも、どちらかと言えばそういう自責じせきの念があったからなのかもしれん。もちろん美味かったというのはまぎれもない本心なのだろうけれどな」

「お、お兄さんが……」


 真昼は胸の奥がぐっと詰まるような感覚を覚える。風邪の看病もクリスマスアルバイトも、どちらも真昼が自ら望んでやったことだ。ゆうが負い目を感じる必要性などまったくない。

 それでも彼がそう言ったのは真昼の恋人として、あるいは〝お兄さん〟として、共に責任を背負いたかったからなのかもしれない。


「他にも色々な話を聞かせてくれたよ。真昼と初めて会った時のことや第一印象、料理を教えている時のこと、真昼のどんな部分を魅力的に感じているか」


「なにそれ私も聞きたい!」と脳内で叫ぶ少女。


「まあほとんど母さんの聞きたいことに答えているだけだったが……どの話も真昼への親愛と心配こころくばりを感じさせられたよ。しかし俺と違って恋愛でも深く考えすぎるタイプだな、彼は。母さんに『ヘタレ』だと笑われていたぞ」

「そんなことないもん!? お兄さんは自分のことになると途端にニブくて、鈍感で、察しが悪くなっちゃうだけだもん!?」

「それはフォローなのか? というかどれも同じじゃないか。よくそんな男を落とせたもんだな、真昼も」

「だ、だって……絶対諦めたくなかったんだもん。お兄さんのこと、本当に大好きだから」


 あの頃から一切せることのない想いを吐露とろし、真昼は薄く頬を染める。

 真昼の母・めいは異性から引く手あまたの中、特別容姿的・能力的に優れているわけではない冬夜と結ばれた。しつこいくらい繰り返される「スキだ」という告白に心を奪われ、生涯を共にする伴侶はんりょとして彼以外を選ぶことは出来なかったという。

 真昼もまた、ゆずるをはじめとする男子陣から引く手あまたの中――本人はついぞそれを自覚することはなかったが――、ごく平凡な大学生である夕と恋に落ち、今も彼のことだけを一途いちずに想い続けている。母と同じ立場から父と同じ行動を取る彼女は、見る者によっては滑稽こっけいにさえ映るかもしれない。

 しかし同じだからこそ、父と母には娘の気持ちがよく分かったのだろう。あるいは、だろうか?


「まったく……そこまで言われてまだ二人のことを認めなかったら、父さんは本当に魔王並みの悪者になってしまうじゃないか」


 冬夜の表情に諦めたような、それでいて晴れやかな笑みが刻まれた。


「……真昼、よく聞きなさい。まず一つ、いくら家森やもり君のことが好きだからといって、恋愛に盲目もうもくになりすぎないこと。二つ、これからも学校でしっかり勉強をすること。よく食べてよく寝て、健全な交際を心掛けること」

「!」


 それを聞いて真昼が大きく瞳を見開く。なぜならそれは父が夕のことを――二人の交際を認めたということに他ならなかったから。

 嬉しさのあまり、思わず飛び上がってしまいたくなる少女。しかし父はそれよりも一瞬早く、「そして三つ」と三本指を立てる。


「万が一、彼が無理矢理手を出そうとしてきたらすぐ父さんに言いなさい。包丁でも拳銃ピストルでも持って、必ず助けに行くからな」

「だ、だからお兄さんはそんな人じゃないってばっ!? なんか色々台無しだよっ!」


 机をバンと叩いて立ち上がる真昼に、わざとらしく剣呑けんのんな空気を漂わせていた冬夜が「すまんすまん」ともう一度笑う。


「……父さんはなにがあってもだ。ただそのことだけは、忘れないでくれ」


 そう言って敵役かたきやくの男はなにかを誤魔化ごまかすかのように、娘手製の雑炊を勢いよく腹へと流し込むのだった。

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