第三八一食 恋人たちと最後の戦い⑩

 改めて目を通すと、めいさんが見せてくれたファイル内、画面の中にいる真昼まひるたちの浮かべる表情は実に多彩だ。冬島ふゆしまさんと二人で楽しそうに歩いているところ、赤羽あかばねさんにからかわれて顔を真っ赤にしているところ、小椿こつばきさんに呆れられながら超真剣にファミレスのメニュー表とにらめっこしているところ。そして中には今朝会った湯前ゆのまえくんや南田みなみだくん、俺の知らない級友たちと写っている写真もたくさんあって――そのうち多くの場面で真昼は、あのお日様のように明るい笑顔を浮かべている。


『私、この町に来て本当に良かったと思うんです』


 離ればなれになる直前、暗闇に包まれた部屋の中であの子がそう言っていたことを思い出す。この写真群を見ていると、あの言葉が真昼の心をそのまま切り取ったものなのだということがよく分かった。

 真昼はよく食べ、よく遊び、よく笑う。とても単純シンプルで、ともすれば子どもっぽいとさえ言われてしまうかもしれないかた。けれど俺は――あの町の皆は、そんな旭日あさひ真昼のことが好きなんだろう。あの子の笑顔が好きなんだろう。


 ――そう再確認してしまう程度には笑顔に溢れた画像ファイルが、ある日付を越えた瞬間から途端にかげった。


「!?」

「……!」


 そこに写っているのは、学校の教室で席にいている制服姿の真昼。それだけならばなんの変哲へんてつもない写真なのだが……彼女の表情は驚くほど暗く、まとう雰囲気は画面越しでも伝わってくるほどに重々しい。ほんの一枚手前、ポニーテールにされた千歳ちとせとお揃いの髪型にしてツーショットを決めている少女と同一人物だとはとても思えないくらいだ。


「これは夕くんと会えなくなった次の日の写真みたいね」


 言いながら画像に添付てんぷされている文字を指差す明さん。「おにーさんと会えなくなったまひるん。見てるこっちまでしんどい……」――おそらくは赤羽さんが記したものか。文末にコミカルな顔文字を付けているが、心配していたのは本当なのだろう。その証拠にここから一〇枚ほどは同日に撮影された真昼と、そんな彼女をはげまそうと奮闘する友人たちの様子が収められている。


「あ……あの真昼が、こんなに落ち込んでいたのか……?」


 驚愕した様子の真昼父に、明さんが「そうね」と頷く。


「夕くんと会えないのがよっぽどいたみたいよ。亜紀ちゃんいわく、身体を壊しかねないくらい思い詰めて勉強してたって」

「……!」

「でも夕くんが気を回してくれたおかげでどうにか持ち直したんですって。ね、夕くん?」

「え? い、いえ、気を回すってほどのことをしたわけじゃ……」


 頬をきつつ俯いた俺を見て微笑むと、明さんは画面をスライドさせて次の写真を表示させた。今度は学校ではなく、うたたねハイツの真昼の部屋で撮られた写真だ。小さなテーブルに見覚えのある料理が並び、瞳を輝かせながらそれらを頬張る少女の姿が捉えられている。小椿さんたちの協力を得て、彼女の部屋に食事を配達デリバリーした時のものだろう。


「……ここに写っている食事もきみが用意したものなのか、家森やもり君?」

「は、はい。その……真昼はすごく頑張り屋なので、たまに不必要に自分を追い込もうとする悪癖くせがあるんです。この時も勉強のために睡眠を削ったり、食事もコンビニの弁当だけで済ませてたみたいで……『あんまりこんを詰めすぎないように』と伝える意味も込めて料理を作りました」

「根を詰めすぎないように……か。……君はそれで良かったのか? 真昼は君と一緒にいたいがために試験勉強を頑張っていたんだぞ?」

「その気持ちはもちろん嬉しいんです。だけどそれ以上に――俺は試験の結果なんかより、真昼がいつも通り元気に笑ってくれていることの方が大事なんです。俺のために無理するあの子の姿なんて見たくない」


 なぜなら俺が心を奪われたのは、あの子が浮かべるお日様のような笑顔だから。たとえどんなに賢くとも可愛くとも、性格が良くとも器量が良くとも――そこにあの笑顔がなければ、俺は彼女と恋に落ちることはなかったから。


「……そうか。……君はどこまでも、のことを見ているんだな」


 そんな俺の言葉がになったかのように、彼女の父親は一度きつく目をつむる。いつのにか、俺のグラスからはビールの泡も消え去っていた。

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