第三八〇食 恋人たちと最後の戦い⑨

 自身の携帯端末を取り出し、液晶画面を操作しためいさんが俺たちに見せてきたのは一つの画像フォルダだった。表示されたファイルに設定された名称は〝真昼まひる〟――この中に誰の写真がまとめられているかなど、わざわざ聞くまでもないだろう。


「か、母さん? これは一体……」


 どうやら冬夜とうや氏もこのファイルを見るのは初めてだったらしく、彼は動揺した様子で明さんと液晶画面とを見比べながら問うた。すると明さんは、まるでなんでもないことのようにけろっとした顔で答える。


「この一年間の真昼の写真だけを集めたファイルよ。全部でざっと五〇〇枚くらいかしらね」

「ごっ……!?」

「なっ、なんだそれは!? そんなものがあるなんて聞いてないぞ!?」

「当然でしょ、言ってないもの」


 悪びれもしない真昼母に対して「なんでだ!?」とツッコミをれる真昼父。い、いや、そんなことより驚きなのは――


「ご、五〇〇枚って……お母さん、一体どうやってそんな数の写真を手にれたんですか? まさか全部文化祭の時の写真だ、なんてオチじゃないですよね?」

「ええ、もちろん。去年の四月頃から今月までの一二ヶ月間分、丸々入ってるわ」


 どこか自慢げな彼女に俺は頬を引くつかせる。ちなみに俺は真昼の写真なんて両手の指で収まる程度の枚数しか持っていない。真昼はあれでも現代っ子なのでわりと頻繁ひんぱんに二人の写真をパシャパシャっているのだが、それを「俺にも送ってほしい」と伝えるのが妙に恥ずかしくて言い出せずにいた結果だ。そのため俺が持っているのは彼女が気紛きまぐれに「お兄さんにも送っておきますねっ!」と言ってくれた時の写真ものだけである。


 いや、というかそれを加味かみしたとしても五〇〇枚は多すぎるだろう。このファイルに入っている画像がすべて真昼の撮ったものだとしたら、彼女は一年間で数百枚分の自撮じどりを行い、それを母親に送りつけていたということになってしまう。仮に近況報告用の写真だとしてもやりすぎだ。なにせ一日あたり一枚以上送っている計算になるのだから。

 つまりこの中に入っている写真は真昼以外の誰かから提供された可能性が極めて高いわけだが……。


「これは全部、亜紀あきちゃんが送ってきてくれたのよ」

「あ、赤羽あかばねさんが?」


 また意外な名前が登場した、と言いかけたところで俺はふと思い出す。そういえばたしかに文化祭の時、明さんと赤羽さんは連絡先を交換していた。真昼が俺に告白したことを明さんがいち早く把握はあくしていたのも、あの悪魔少女が情報を漏洩リークしたせいだったはずだ。つまりあれ以来、この二人はずっと電子上で繋がり続けていたわけか……なんだか微妙に恐ろしさを感じてしまう二人組である。


「文化祭の日以来、定期的に纏めて送ってきてくれてるのよ。正確には亜紀ちゃんが自分で撮った写真だけじゃなく、お友だちが撮影したものもあるみたいだけれどね。面白い写真がたくさんあってきないのよ~、たとえば……」


 ウキウキした様子でファイルを開く明さんに、嫌な予感を覚える俺。この人が「面白い」と言うということは……。


「ほらこの写真とか。白い砂浜を背景に、とってもよく撮れてると思わない?」

「どれどれ……ッ!? なっ、ななッ……!?」

「(おォいッ!? 海でナンパされた真昼を助けた直後の写真じゃねえか!)」


 それは水着姿の真昼に思いっきり抱きつかれる俺がど真ん中にとらえられている構図。怖い目にった直後だと知っている上で見ればそうでもないが、事情を知らない人が見たら薄着の男女がイチャついているようにしか見えない。現に冬夜氏のひたいに怒りの青筋あおすじがピシリと浮かぶ。


「この写真もいいわよ。浴衣ゆかた姿の真昼と花火の光がすごく幻想的だわ」

「ぬおうッ!? や、家森やもり君……き、きみ……ッ!?」

「(花火大会の時の写真!? しかも花火見てはしゃいだ真昼が跳ねてるとこをタイミングよく撮ってるせいで若干浴衣がはだけて見えるやつッ!)」


 最悪なのはそんな真昼を一歩後ろで見ている俺の横顔が若干ニヤけていることだ。おそらくは一週間ぶりくらいに会った彼女のはしゃぎっぷりを見て微笑ほほえましく思っていただけなのだが、やはり事情をまえずに見ると単なるスケベ男にしか見えない。というか赤羽さんはどこからこの写真撮ってたんだよ、あの時その場に居なかったじゃん!


「あとはこの写真とかどうかしら? 真昼が可愛いサンタの衣装――から着替えようとしているところを更衣室で撮った写真」

「家森君ッッッ!?」

「(いやこれに関してはもはや俺なんも関係ねえしッ!?)」


 おそらくクリスマスバイトの時に冬島ふゆしまさんが隠し撮りしていたのだろう。絶妙に下着や素肌が見えない角度になっているあたりに撮影者のこだわりを感じさせる。……どちらにせよ盗撮で訴えられたら敗訴はいそ間違いなしの一枚なのだが。


「あ、せっかくだからこの三枚、ゆうくんの携帯に送信しておくわね。待ち受けにでもして頂戴」

「絶対しませんからッ!? というかそれ以前に送ってこないでください!?」

「はい、今送ったわ」

「早ッ!? しかも無駄に高解像度ハイレゾ!? こ、こんな写真持ってたら一発で真昼に嫌われますよ!」

「あら、むしろあの子なら恥ずかしがりつつも喜ぶと思うけれど?」

「なんか普通に想像出来る自分が嫌だッ!?」

「おい家森君、君はやっぱり真昼をそういう目でしか見ていないのかッ!? 失望したぞ、やはり君に娘は任せておけんッ!」

「振り出しに戻っちゃったんですけど!? なにしてくれてんですかお母さんッ!?」


 冬夜氏に胸ぐらを掴まれてガクガク揺さぶられながら叫ぶ俺。ほんとに何してくれてるんだよ明さん、ここまでの俺と真昼の努力が水の泡じゃないか!

 だがしかし――彼女も考えなしにこのファイルを俺たちに見せたわけではなかったらしい。


「本当に二人に見てほしいのは、これより後の写真よ」

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