第三六六食 恋人たちとお弁当①


 小椿こつばきさんと赤羽あかばねさん、冬島ふゆしまさんに青葉あおば千歳ちとせ、そして真昼まひるの高校の同級生二人――改めて名前を聞いたところ湯前ゆのまえくんと南田みたみだくんというらしい――。たくさんの人たちに助けられ、そしてはげまされて、俺たちは第二の故郷とも呼ぶべき歌種うたたね町から出発した。目指すはもちろん真昼の実家がある街・沖楽おきらく市だ。

 久し振りに二人一緒にまたがった我が愛車は長距離走行を行うためにバッチリ整備済み。エンジンオイルの交換からタイヤの空気圧チェック、その他のメンテナンスまで完璧だ。無論運転者である俺は昨晩たっぷり八時間は眠っておいたし、真昼にはいつもの保護具プロテクターセットを装備させている。後は安全運転を心掛け、携帯ナビゲーションの指示を守って進むだけ……と、思っていたのだが。


「お……思ったよりキツッ……!?」

「で、ですね」


 出発から約三時間後。何台かの自動販売機が設置されているだけの休憩地点レストポイントで一休みしながら、俺と真昼は古びた木製のベンチに並んで腰掛けていた。ここまでもちょこちょこ休憩しつつやって来たのだが、それでも既になかなかの疲労が蓄積している。


「考えてみればまったく同じ姿勢でエンジンの振動を受け続けてるんだから、疲れもしますよね」

「だな……もちろん慣れない道だからってのもあるだろうけどさ」


 歌種町から真昼の実家までは電車でおよそ五、六時間は掛かるらしい。ナビアプリの記載を信じるならば自動車で向かった方が一時間ほど早く到着するようだが、それでも相当な距離だ。俺の実家から歌種町までがおよそ二時間なので、片道だけでも俺の実家に行って帰る以上の時間と体力を要する計算になってしまう。ちなみに現在時刻は午後一二時過ぎ、到着予定時刻は一五時頃となっている。


「まあのんびり行こうか。別に急いでるわけでもないんだしな」

「は、はい」


 俺の言葉に、真昼は少し緊張した様子で頷いた。これから父親と話をするからか、それとも俺とこうして二人きりで話すのが久し振りだからか……いや、多分その両方なんだろう。正直なところ俺も同じなので、その気持ちは分かる。


「(だって真昼の親父さん、厳しそうだもんなあ……俺みたいなのが〝真昼むすめの彼氏〟として来たらどう思うんだろう)」


 出発する前に真昼には母親――旭日明あさひめいさんと連絡を取ってもらい、今日二人で訪問することは伝えてある。親父さんのほうは仕事で不在だったようだが、夕食前には帰宅するそうだ。つまりあと半日後には、おそらくすべての決着がついているわけで……。


「(っていかんいかん、俺まで緊張してどうする! 真昼が余計に不安になっちまうだろ、馬鹿!)」


 俺はブンブンとかぶりを振って、弱気な考えを脳内から放り出す。ただでさえ普段から頼りないのだから、せめてこんな時くらい年上らしく堂々と振る舞ってやらなければ。


「そ、そうだ真昼。ちょうどいい時間だし、ここらで昼飯にしないか?」

「えっ、ごはんですか!?」


 一瞬でパッと表情を輝かせた真昼に、俺は思わず頬を緩ませてしまう。相変わらず、本当に分かりやすい子だ。しかし続いて彼女は「あれ?」と気付く。


「でもこの辺りって食事処ごはんやさんもコンビニもありませんよね?」

「ん? ああ、そうだな」


 俺たちが今いる場所は山間さんかんの大きな道路沿いにある、半分空き地のようなベンチスペース。申し訳程度の屋根と木製のテーブルがある他には、先述の通り売切表示が多い自販機くらいしか見当たらない。無理やりポジティブな表現をするならば〝必要最低限しか人の手が加えられていないので自然を満喫まんきつできるいこいの空間〟だろうか。……ほぼ野晒のざらしのベンチに吹き抜ける山風がとても冷たい。


「それじゃあどこか近くにお店がないか探しましょうか?」

「いやいや、必要ないよ。昼はここで済ませられるから」

「で、でも私、お昼ごはんなんて持ってきてないですよ? 今日は駅の購買で済ますつもりだったからお弁当も作ってませんし……」

「フッフッフッ……真昼よ、弁当作りは君の専売特許ってわけじゃないんだぜ?」

「え?」


 バイクのシート下に入れておいたリュックサックを引っ張り出しながら不敵に笑う俺に対し、真昼は不思議そうに首を傾けた。

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