第三六七食 恋人たちとお弁当②

 俺がリュックサックから取り出したのは、大きなアルミホイルの包みが四つと二人分のタッパー、そしてたっぷりのお湯が入った魔法瓶だ。後はビニール包装ごと持ってきた紙コップのたばと除菌用のウェットティッシュ、そして普段から大学などで使用しているマイはしセット。もちろん真昼まひるの箸は別に用意してある。


 アルミホイルの中に入っているのは特大サイズのおにぎりだった。具には半分にカットした切り身の焼鮭やきじゃけと、パックで売られている辛子明太子。鮭おにぎりの方は醤油を塗ってほんのり炙ることで香ばしさを出し、明太子おにぎりの方はごはんにも明太子を混ぜこんである。どちらも具材の塩気が強いので、塩はほとんど振っていない。そして個人的におにぎりは海苔のりがパリッとしている方が好みなので、今回は焼き海苔だけ袋のまま持参した。


「こ、このおにぎり、お兄さんが作ったんですか?」

「ああ。つっても俺は真昼みたいに上手く握れないから、ズルしてラップ巻いて作ったんだけどな。そのせいでサイズ感が分からなくなって、やたらデカくなった」

「あははっ。でもこれくらい大きい方が食べごたえがありますよね!」

「君の場合はそうだろうな」


 弁当箱代わりのタッパーに詰め込んであるのはよく朝食で作っていた玉子焼きやウインナー、それからホウレン草と糸唐辛子、細切りベーコンの炒め物。真昼が作るお弁当ならプチトマトやブロッコリーといったいろどりがえられているのだろうが、俺が作る弁当にはそんな素敵な概念など存在しない。おかげでホウレン草以外はほぼ茶色に染まっている。俺は美味しければいい派の人間なので、そこはご容赦願いたいところだ。

 後は紙コップに固形コンソメと乾燥野菜を放り込み、魔法瓶のお湯を注げば即席スープの出来上がり。簡素な味わいながらも、寒い野外で飲むこの手のスープは体感三倍は美味いと相場が決まっている。ちなみにドリンクとして家から麦茶も持ってきてあるが、思ったより寒かったので二人とも売切自販機に辛うじて残っていた謎メーカーのホットコーヒーを購入。二二〇ミリリットルで一三〇円は微妙に割高な気がするものの、こんな山中で熱々のコーヒーが飲めるのだから文句は言うまい。


 以上が本日の――そして久し振りに真昼と二人きりでる昼食のメニューである。どうせなら久々のメシくらいうちで豪勢なものを食いたいところだが……それは後の楽しみとして取っておくことにしよう。


「お兄さんのお弁当って、なんだかすっごくレアな気がしますね」

「そうか? 試験の前にも宅配デリバリー弁当やったじゃないか」

「お鍋ごと運ばれてくるお料理はお弁当って呼ばないですよ。あのごはんのおかげで試験を乗り切れたようなものですけどね」

大袈裟おおげさだなあ。そういえば真昼、あれからちゃんとメシ食ってたか? 小椿こつばきさんたちが『コンビニ弁当ばっかり食べてる』って言ってたけど」

「あ、あの日からはちゃんと自分で作って食べてましたよ! それにちゃんと毎日八時間寝てました、はいっ!」

「そ、そっか。ならいいんだけどな」


 なぜか急に声を張った真昼からやや身を引きつつ、俺は「さあ」とウェットティッシュで綺麗に拭いた手を合わせる。


「さっさと食っちまおうぜ。まだ折り返し地点なんだしな」

「はいっ! それじゃあ、いただきまーすっ!」

「はい、いただきます」


 言うが早いか、真昼はいそいそと鮭おにぎりに海苔を巻き、パクッと大きく一口。その瞬間に少女の表情がほころび、「んぅ~っ!」と幸福を噛み締めるかのような声が唇から漏れ聞こえる。


「お兄さんのおにぎり、すっっっごく美味しいです! いくらでも食べられちゃいそうですっ!」

「そうか、それは良かった。ただあんまり欲張って、喉詰まらせたりしないようにな?」

「えへへ、分かってますよう。この炒め物もピリ辛で美味しいですね! 今度私も作ってみます!」

「ははっ、今の君と俺が同じ料理もの作ったら君の方が美味しく作れそうでなんか嫌だなあ」

「ふっふーん、もう昔みたいにお料理で失敗ばかりする私はいませんからね! なにせお兄さんが先生なんですから!」


 ほっぺにごはん粒をつけたまま「にひひ」と隣で笑う少女に、俺はそっと両目を閉じて微笑する。大したことのない料理をやたら美味そうに食うのも、俺に対する評価がやたら高いのも相変わらずだ。

 ただ彼女と会えなかった数週間が、いつからか当たり前になっていたこの可愛らしい恋人の大切さを強く再認識させてくれる。


「――取り戻さないとな、全部」


 自分だけに聞こえる声でそう言って、俺は真昼の頭に優しく手を置いた。

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