第三六五食 湯前弦と男の約束
時を少しだけ
『そーいえばまひるん、試験休みに入ったら一回実家に帰るんだってー?』
『ああ、うん。去年の夏から
『――というわけで由々しき事態だ、リョウ。俺に力を貸せ』
『いや分かんねえよ、どういうわけだよ』
眼鏡のブリッジを押し上げながら言った弦に対し、くすんだ金髪の少年・
『要するにアレか? いよいよ
『ああ、その通りだ。以前は家森
『血を吐くような叫びだな』
テーブルを叩いて悔しがる弦の姿を見て、涼はボリボリと頭を
『でも
『フン、揉めているのは当人同士ではないそうだがな。いっそ旭日と家森夕が大喧嘩でもしてくれていれば話は簡単だったというのに』
『言ってること邪悪だなあ、お前……つーかまだ旭日のこと諦めてねえのかよ』
『恋慕とは己の内から自然と沸き立つ衝動。諦められる恋など、そもそも最初から恋とは呼ばん』
『言ってる意味は分かるけど、お前が言うとそこはかとなくキモいな』
『誰がキモいだ』
『でもお前だってこないだの旭日の姿、見ただろ? あいつ、家森サンのことが本気で大好きなんだよ。だからいくらお前の頼みだからって、
『おい、何を勘違いしている? 俺がいつ、旭日が悲しむようなことに手を貸せと言った』
『は? あの二人が親公認になるのを阻止したいんじゃねえのか?』
『違うわ、うつけ』
一体俺のことをなんだと思っているんだ、と今度は弦が半眼を形作る番だ。
『諦められる恋など恋ではない。だが旭日真昼という女がこの世に一人しか居ない以上、その隣に寄り添うことを許される男は
★
時間は戻り、イケメン女子大生の尻に金髪女子大生の回し蹴りが
「くっそ、てっきり前言ってたみたいに電車で帰省するのかと思ったのに、あそこからバイクで移動するとかアリかよ!?」
「ハアッ、ハアッ……む、無駄口を叩くなリョウ……! ゼエッ、は、早く旭日とあの男を探し出すんだ……ゲホゴホッ!?」
「いや俺よりヘトヘトの奴に言われたくねえんだけど!?」
汗だくになりながら周囲を見回して走る涼が、後ろからどうにかヨロヨロとついてくる眼鏡男子にツッコむ。
「第一こんなことになったの、お前が『旭日たちは間違いなく
「げほっ、ハアッ……! ば、馬鹿め、
「そんな浅い考えだったのかよ!? お前って勉強できるわりにホントバカ――って、あっ!? お、おい居たぞ! あそこだ、急げっ!?」
「なにっ!? ど、どこだ!?」
息を切らした涼が指差した先へ視線を振ると、その先ではなんだか見覚えのある三人がギャイギャイと言い争っているのが見えた。そしてそのすぐ側に立っていたのは――
「リョウくんとユズルくん!? ど、どうして二人がここに!?」
「あ、
予兆もなく現れた自分たちに驚く真昼に、弦は眩しそうに目を
そこには
「(――貴様のせい、なのだろうな……まったく、どこまでも腹立たしい男だ)」
心中で
「――家森夕ッ!」
「!?」
突如として叫んだ弦に、青年が肩を揺らす。当然だろう、これまで一度として言葉を交わしたことのない相手――それも年下の高校生から、前触れもなく
「もしも――もしも貴様が旭日のことを泣かせたら、俺は絶対に貴様を許さんッ! 俺の友人の笑顔を奪うことは絶対に許さんッ!」
弦はこの男のことが嫌いだ。どうして真昼がこの男を選んだのか、今でも完全な理解には至っていない。彼女の隣に立つべき男は、他にいくらでもいるに違いないのだ。
けれど少なくともそれは、この段になってもまだ「友人」などという言葉しか口に出来ない
だから――言いたくはないが、言うしかなかった。
「旭日のことを絶対に……絶対に幸せにしろッ! いいなッ!?」
突然こんなことを言われても、きっと訳が分からないはずだ。現に近くで見ている二人の女子大生は、揃ってぽかんとした表情を浮かべている。真昼当人も困惑しているようだし、
だから弦としては、言いたくはなくとも言っておきたかったことを言えただけで良かった。そこに返事など、最初から期待していない。「急に叫びだした変なヤツ」と思われたっていい。言わぬまま、後からそれを
だが。
「――ああ。約束だ」
憎々しいその男は、真剣な顔でそう答えた。見ず知らずの高校生の言葉に短く、けれどこの上なく
「(本当に、どこまでも腹立たしい男だ――俺の恋を諦められる恋に変えてしまう貴様は)」
苦味しかないはずの敗北を
春も近い
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます