第三五三食 うたたねハイツとデリバリー①


 話をさかのぼること一日、うたたねハイツから徒歩圏内にあるスーパーマーケットにて。


「……あれ、小椿こつばきさん?」

「! 家森やもりさん……こんにちは」


 母親から頼まれておつかいに来ていたひよりは、偶然にもそこで大学帰りに買い物へ寄ったゆう出会でくわした。ペコリと会釈えしゃくしながら歩み寄ると、彼もまた「こんにちは」と答えて軽く頭を下げてくる。なんとも微妙な距離感だ。


「随分久し振り――でもないか。こないだ千歳ちとせたちと買い物行ったとこだもんな」

「はい」


 青年の言葉に首肯しゅこうしつつも、ひよりも彼とは久しく顔を合わせていなかったような錯覚さっかくを覚える。元々直接会話をする機会など然程さほど多くはなかったはずの二人が揃ってそう感じるのは、まず間違いなく真昼まひるの現状が関係しているだろう。


「普段なら真昼がメシの時間に小椿さんたちの話を聞かせてくれるから、もうちょっと身近に感じられるんだけどな」

「私もです。あの子、通学路だろうと休み時間だろうと、ほとんどずっと家森さんの話ばかりしていたので。『今日はこんな服だった』とか『こんなことを言ってた』とか……おかげで私、家森さんの当日のコーディネートから昨夜ゆうべ見た夢の内容まで把握させられてましたよ、半強制的に」

「な、なんかごめんな、うちの彼女が……」


 気まずそうに頬をきつつ謝罪してくる青年。彼自身、自分のいないところで自分の話をされるというのは気恥ずかしい部分があるのかもしれない。ひよりの親友は人一倍気遣い屋ではあるのだが、自分の大好きなものの話を始めると見境みさかいがなくなるのがたまきずだ。


「そういえば、小椿さんたちは俺と真昼になにがあったのか、もう知ってるんだっけ?」

「はい。私は真昼ひまのお父さんから電話があった時に居合わせましたし、亜紀あき雪穂ゆきほも事情は知ってます」

「そっか……友だちからすれば心配だよな。ごめん、俺が不甲斐ふがいないばっかりに……」

「いえ、今回のことはあの子自身の責任ですから、家森さんのせいじゃありませんよ。……個人的な感情を言わせてもらえるなら、娘をあんなに悲しませる父親が一番悪いと思いますけどね」

「め、目が怖いよ、小椿さん……」


 勉学をかろんじるつもりはなくとも、大切な親友まひるがあそこまで思い詰められている姿を見せられれば相応の怒りもく。剣呑けんのんな色を瞳に宿した武闘派少女から周囲の買い物客たちが身を引くのを見て、夕は冷や汗を浮かべながら彼女をなだめた。


「そ、それよりどうだろう、小椿さん。真昼、無理な勉強とかしてないかな? 一応前に注意はしておいたんだけど、あの子は真面目だから自分を追い込みすぎてないか不安でさ。あれから本人とは一度も会えてないし、メッセージとか電話もほとんどしてこないから……」

「……あまり大丈夫じゃないかもしれません。あの子、勉強漬けで最近あんまり寝てないみたいだし、お昼ご飯の量も明らかに減ってます」

「!」


 驚き、目を見開く夕。風邪を引いた時でさえ食欲はほぼおとろえていなかった食いしん坊の彼女が食事を減らすなど、深刻な状態に追い込まれているという証明に他ならない。しかもそれだけ勉強に時間をついやしているということは、かろうじてっている食事もまともなものかどうかはあやしいところだ。脳裏をよぎるのは昨年の春頃まで、コンビニ弁当や惣菜だけで食事をまかなっていた彼女の姿。


「……ごめん、小椿さん」


 しばらく何事かを考え込んだ後、夕が静かに口を開く。


「ちょっと小椿さんたちに頼みたいことがあるんだ。聞いてもらえないかな?」

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