第三五一食 JK組とコンビニ弁当①


 三月上旬から始まる歌種うたたね高校一年、二年の学年末考査まで残り一〇日を切った。

 ほとんどの部活動や委員会も試験休みに入り、いよいよ今年度ことしが終わるという実感が強まってくる。受験を終えた三年生たちは卒業式関連を除けば登校してくることはないので、事実上は既に一つ学年が上がったと言ってもいいくらいだ。

 ただし高等部ではなかなか例がないこととはいえ、一応学年末考査の結果次第では原級留置処置――いわゆる留年りゅうねんになる可能性も残っているわけなので、まだまだ油断は禁物である。四月から下級生たちと机を並べて授業を受けたくなければ、最後まで気を抜かずに努力すべきだろう。


「というわけで始まりました、毎度恒例〝チキチキ! 定期テストを乗り越えろ、勉強会inまひる家〟~っ! いえーい、どんどんぱふぱふーっ!」

「「「……」」」


 元気よく宣言した眼鏡少女こと冬島雪穂ふゆしまゆきほに、JK組の他三人は揃って沈黙させられていた。うたたねハイツ二〇五号室に、一人分の拍手の音がパチパチとむなしく反響する。


「さあ、あんたたち! 今日は全力で頑張るわよ! なんたって学生の本分は勉強なんだからね!」

「ゆ、雪穂ちゃん、まだお昼前だからってあんまり騒いだらご近所迷惑になっちゃうから……!」

「というかなんなのよ、雪穂あんたのそのテンションの高さは……」

「あれじゃなーい? 雪穂はその気になれば留年も出来る成績だから焦ってるんでしょー?」

「ブッブー、違いますう~っ! 今の私はとぉー……ってもっ! 勉強がしたい気分なんですぅ~っ!」


 机の前に座っている真昼まひる、ひより、亜紀あきの言葉を受け、腰に両手を当てた雪穂はむふん、と無い胸を張って見せる。しかし普段の彼女はむしろ勉強嫌いの極致きょくちに達しているような人間だ。授業中に居眠りをすることなど序の口であり、机の下で携帯ゲームに興じる・教科書の陰で週刊マンガ雑誌を開く・仮病けびょうを使って保健室で休もうとする等々、前科を挙げ始めればキリがない。「勉強がしたい気分」などと言われても、雪穂のことをよく知る友人たちには到底信じがたい話である。


「なになにー? もしかして誰かとけでもしてんのー? 『テストの点数悪かった方がご飯おごる』とかー?」

「違うわよ! そんなしょうもない動機ごときでこの私が勉強するようになると思う!? いいや、ならない!」

「い、言い切っちゃうんだ……?」

「たとえ動機がなくても勉強はしなきゃ駄目でしょ……雪穂あんたをそこまでやる気にさせるってことは、青葉あおばさん関連でなにかあったのね?」

「ひよりにしては察しがいいじゃない! その通り!」


 すると雪穂はいかにもさかしげに、眼鏡のつるをクイッと持ち上げながら説明する。


「いい? よく聞きなさい。今私たちは高校一年生、蒼生あおいさんたちは大学二年生。その差は実に四年、普通に考えて蒼生さんと一緒にキャンパスライフを送るのは不可能だわ。そうでしょう?」

「う、うん、まあそうだね」

「私たちが大学に入る時って、ちょうどおにーさんたちは大学卒業して就職しちゃうんだもんねー。……って、どしたのひよりーん? なんか死んだ魚みたいな目してるけどー?」

「いや……なんかもう話の先が見えちゃって、ね……」


 既に呆れモード全開のひよりを余所よそに、人差し指をピンと立てた雪穂の解説は続く。


「でも私は蒼生さんと大学でキャッキャウフフしてみたいのよ! 大学って学年に関係なく受けられる授業もあるんでしょ!? ということはつまり、蒼生さんと並んで勉強したりも出来ちゃうってことじゃん!」

「お、お兄さんは『まともに単位取ってれば四回生は一般講義に出る必要はなくなる』って言ってたけど……」

「そもそも雪穂、さっき自分で言ってたじゃんかー。私たちとおにーさんたちって年齢とし的に一緒に授業は受けられないんだってばー」

「もちろん分かってるわ。……あくまでも普通に進級すれば、ね?」


 ニヤリと笑みを浮かべる雪穂、彼女の言わんとしていることを察してハッとする真昼と亜紀、そして雑音ノイズを無視して一人さっさと勉強を始めるひより。


「そう! たとえばもしこの先蒼生さんが留年した場合、私たちの年齢差は実質三年まで短縮されるのよ! つまり一年間、同じ大学キャンパスに通うことが出来るの!」

「え、ええ……?」

「なにそのエグい計画ー……自分のために蒼生さんの人生めちゃくちゃにするつもりー?」

「早とちりするんじゃないわよ、これは単なる一例。もちろん留年なんてしない方がいいに決まってるし、蒼生さんと一緒にキャンパスライフを送る方法は他にもあるんだから」

「他にも……?」

留年それ以外になんかあったっけー?」

「私が〝飛び級〟すればいいのよ」

「「ええ……」」


 留年以上にあり得ないことを平然と言ってのけた眼鏡少女に、真昼と亜紀は揃ってドン引きする。どうやら雪穂が「勉強をしたい気分」と発言したことからこの流れを予見し、真面目に聞くことをやめたひよりの判断は正しかったらしい。

 だが場の空気に気付かない雪穂は、グッと両拳を握り締めてやる気も十分に言う。


「私がこれから一生懸命勉強すれば、きっと飛び級だってさせてもらえるわ! さあ、そうと決まれば勉強するわよあんたたち!」

「いや、日本で飛び級とかムリでしょー……」

「あ、あはは……雪穂ちゃんが勉強に前向きになれるならそれでいい、のかな……?」


 ――それから意気揚々いきようようと勉強に取り組み始めた雪穂がわずか三〇分後、「やっぱ無理だわ」とペンを投げ出したことは語るまでもない。

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