第三二九食 リア充たちとチョコ作り②

 千歳千鶴ちとせちづるの住まいは歌種うたたね大学から徒歩一五分圏内にある二階建てアパートだ。

 外から見ればおんぼろアパートのうたたねハイツと大差ないものの、室内はリフォームをされているおかげであちらよりもずっと清潔な印象を受ける。新築マンションのようにオートロックやモニターフォンなどの設備がない分、本来は女子が一人で暮らすには不向きかもしれないが……同年代の男連中を視線一つで黙らせる千鶴に限ってそんな心配は不要だろう。

 そしてそんな千歳家に踏みった女子高生ズこと雪穂ゆきほ真昼まひるはといえば――


「うわー、部屋ん中、めっちゃくちゃかわいー……」

「お、おい、あんまジロジロ見てンじゃねえぞ、コラ」

「見て雪穂ちゃん! キッチンもすっごくおしゃれだよ! しかもこれ、こないだお兄さんが欲しいって言ってたセラミック加工のフライパンだ!」

「お前はお前でどこに興奮してやがンだ、真昼」


 ――お洒落しゃれかつ女子力を感じさせる内装インテリアを見て、二人揃って大はしゃぎしていた。そんな彼女たちをどうにか大人しくさせようと、千鶴がその首根っこを掴み上げる。

 しかし実際に千鶴の部屋は、普段の彼女の言動からは想像も出来ないほど女らしくまとめられていた。ベージュを基調としてシックな色で統一された家具、壁掛けラックに飾られている可愛らしい小物や食器類、ベッドを守るように並べられているキャラクターモノのぬいぐるみ――玄関にこそバイク用のヘルメットや工具が詰め込まれたボックスが置かれているとはいえ、逆にそれ以外の部分は誰が見ても〝現代風イマふうのオシャレな女子大生の住まい〟そのものである。

 特に真昼が目を付けたのは台所。ピカピカに手入れされた食器棚に始まり、使いやすいように整頓された小型のキッチンワゴンや美しい刺繍ししゅう入りの布がかぶせてあるバスケットなど、細部さいぶまで一切のスキがない。まさしく少女が理想に思い描くキッチンそのものだ。


「ち、千鶴さんっ! ぜひ今度、私とお買い物に行きましょう!」

「あ、私も私も。千歳さんと一緒に行ったらセンス良いの選んでもらえそうだもんね。……あのかばんについてる吐瀉物ゲロみたいなマスコットはキモいけど」

「なっ……!? ま、まさか〝みじんぎりオニオンくん〟のこと!? あんなに可愛いのに!」

「どうでもいいことで揉めンな!? つーかなんでテメェら遊びに来た友だちみたいに楽しんでンだよ! チョコ作りに来たンじゃねェのか!?」


 ……そんな一幕があった後、ようやく主目的に立ち返った女子高生たちを連れてキッチンに立つ千鶴。壁に掛けてあったエプロンを装着した彼女は、二人が持ち込んだチョコレートを取り出しながら問うた。


「で? ヤモリと青葉バカにチョコ渡してェのは分かったが、どんなチョコを作るつもりなンだよ?」

「ハイッ! 美味しそうなチョコを作りたいです!」

「はーい、とりあえず蒼生あおいさんに『雪穂、なかなかやるじゃん』くらいのことを言わせられそうなチョコがいいでーす」

「お前らどっちもフワフワじゃねェかッ! 具体的にどんなチョコを作りてェか聞いてンだよ!」

「そんなこと言われても、私もまひるもチョコ作ったことないんですもん」

「い、一応自分なりに下調べはしてきたつもりなんですけど……」


 頭の後ろで腕を組みつつ唇をとがらせる雪穂と、指先を突き合わせながら申し訳なさそうに眉尻を下げる真昼。態度は対極だが、要するにどちらも作りたいものは決まっていないらしい。


「あのなァ……トリュフもチョコケーキも大きくくくりゃ〝チョコ〟なンだっつの。それすら決まってねェのに『教えろ』っつわれても無理な話だろうが」

「うっ、それもそっか……ねえ、まひるが調べたチョコになんか良さそうなのあった?」

「うーん、やっぱり人気そうだったのは生チョコとかトリュフかなあ。あとはチョコクッキーとかブラウニーとか、フォンダンショコラとか?」

「ふぉんだん……ってどんなやつだっけ?」

「簡単に言やァ中に生チョコガナッシュが入ってるチョコケーキだ。ウチの店でもバレンタインに期間限定で売ってる」

「うへー、美味しそうだけど作るの大変そー……もうちょっと簡単なのがいいな。一時間くらいでぱぱっと作れそうなやつ」

「お前、青葉あいつのこと好きなのかそうでもねェのか、よく分かんねェな……仕方ねェ、とりあえずなにか適当に作ってみるか」


 頭を使って悩むより実際に手を動かした方が手っ取り早いだろうと判断した千鶴がそう告げると、二人は威勢よく「よろしくお願いします!」と返事をした。

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