第三二八食 リア充たちとチョコ作り①


 旭日真昼あさひまひるという少女にとって、バレンタインデーとは苦く、そして悲しい思い出ばかりがよみがえる日である。


 まず恋を経験したことのない彼女には、バレンタインチョコを渡すべき異性あいてがいなかった。クラスの女の子たちが「誰に渡すの~?」「えー、ナイショー!」とキャーキャー話しているのを隣で静かに聞いていることしか出来ず、しょんぼりと肩を落としていたのである。

 ちなみに実はバレンタインシーズンを迎えるたびに男子連中が「今年こそは旭日も男子だれかにチョコを渡すのではないか」と戦慄せんりつしていたのだが……鈍感な彼女は今に至るまで、その事実にまったく気が付いていない。


 次に、本命チョコを渡す相手が居ないなら友だち同士でチョコレートを交換――いわゆる友チョコ――すればいいわけだが、そもそも両親から自炊を禁じられていた真昼は、当然バレンタインチョコを手作りすることも出来なかった。

 友だちが用意してくれるのは一生懸命手作りし、不格好ながらも可愛らしいラッピングがほどこされたお菓子。それに対し、真昼じぶんは市販のチョコレートを買って返すだけ。なんだか一人だけ手を抜いているようで、とても申し訳ない気持ちになってしまう。

 とある親友の少女は「どうせあんたの手作りより市販の方が一〇〇倍美味しいんだからいいんじゃない?」などとドライかつヒドイことを言っていたが、バレンタインとはそういうものではない気がする。きっと下手だろうが不味マズかろうが、〝愛を込めて手作りする〟ことに意味があるのだ! ……そう力説りきせつしてみたところ、武闘派の親友からは「そんなのただの自己満足でしょ」「不出来な物を食べさせられる相手のことも考えなさい」「あんたが作る料理チョコの不味さが愛情程度でおぎなえるレベルだと思ってるの?」とボコボコに論破ろんぱされてしまったわけであるが。


 そんなわけで真昼のバレンタインに関する記憶は、チョコレートの甘さではなく思い出の苦さと涙のしょっぱさによっていろどられてきた。しかしそれももはや過去の話――なにせ今年の彼女はチョコレートを渡す異性あいてと美味しいチョコレートを作る技術スキル、その両方を手にしたのだから。

 今の彼女が考えるのは〝いかに美味しいチョコを作れるか〟、そして〝恋人おにいさんに『美味しい』と言ってもらえるか〟……それだけだ。


「……話は分かったんだがよ」


 その時、キリリとした表情で己の悲しき過去バレンタインについて語っていた真昼の耳に、当惑したような女の声が入ってきた。


「なんでテメェら、オレの家に来てやがンだ……?」


 染め抜かれた金髪にシルバーのピアス、そして部屋着とおぼしき上下のジャージに身を包んだその女の名は千歳千鶴ちとせちづる歌種うたたね大学に通う現役女子大生である彼女は、休日の朝に突然自宅のインターフォンを鳴らしてきた二人の少女を前に頬をひきつらせている。

 そんな千鶴に「いいじゃないですか!」と言葉を返したのは真昼ではなく、その隣で大量の板チョコが入ったビニール袋をかかえている眼鏡少女・冬島雪穂ふゆしまゆきほだ。


「だって千歳さんはケーキ屋でアルバイトしてますよね!?」

「あァ」

「ケーキってお菓子ですよね!?」

「あァ」

「私とまひるが作りたいチョコレートもお菓子!」

「あァ」

「つまり千歳さんから教われば美味しいチョコが作れる!」

「いやそうはならねェだろ」


 ものすごく安直な理由でやって来た女子高生ズに、千鶴は真顔でツッコミをれる。


「テメェらもウチの店でバイトしてたンだから知ってンだろ。オレの仕事はあくまで接客で、ケーキ作ってンのは店長とかキッチンのスタッフだ。教わりたいならあっちに行きやがれ」

「えー、だって店長さんたちはお仕事中だろうし、迷惑になるじゃないですか」

「急に家まで来てる時点でオレにも迷惑かかってるっつンだよ……! つーかテメェら、どうやってオレの家の住所調べやがった? 教えたことなんざねェはずだぞ」

蒼生あおいさんに聞いたら教えてくれました」

青葉アイツにも教えたことねェぞ!? なんで知ってやがるあの野郎!?」


 顔が広いどこぞのイケメン女子大生に憤慨ふんがいする千鶴と、「まあ蒼生さんですし」と涼しい顔で答える雪穂。そこで両者の間に立ったのは、やはりと言うべきか真昼だった。


「ご、ごめんなさい、千鶴さん。私も雪穂ちゃんもバレンタインチョコを手作りしたことがないんです。でもお兄さんと青葉あおばさんに作り方を教わるわけにはいかなくて……」

「……まァ、アイツらに渡すモンだからな」

「はい……だから私たちが頼れるのは千鶴さんだけなんです。お願いします、千鶴さん。私と雪穂ちゃんに美味しいチョコレートの作り方、教えてください!」

「教えてください!」

「ぐっ……」


 目を掛けているお気に入りの少女と、短期バイトの際になにかと手を焼かされた分、それなりに可愛がってはいる眼鏡少女。そんな二人から同時に頭を下げられてしまえば、元より年下に甘い千鶴は強く断ることが出来ない。ついこの前、彼女たちの友人であるゆるふわ系の少女と話したばかりということも手伝って、金髪女子大生はやがて大きな溜め息をき出した。


「……上手く教えてやれる保証はねェからな」

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