第三二五食 女子高生と二人称③
★
「ゆ――夕くん、ただいまー」
「……。……は?」
部屋へ入って来たかと思えばなんの
「ゆ、夕くん、手洗いうがいはしっかりした方がよろしくてよ? ただでさえ最近はインフルエンザとかノロウイルスとか
「え……ど、どうかしたのか、真昼?」
「い、いいえ? どうもしないでありんすよ、夕くん。な、なにか気になることでもあったでござるか?」
「むしろツッコミどころが多すぎてどこから手を付ければいいか分からないレベルなんだが……とりあえずそのコロコロ変わる
「え? わ、私はいつも通り夕くんと喋ってるだけでヤンスが……」
「嘘つけ!? 『ヤンス』とか君と初めて会った日から今日までで一回も聞いたことないわ! 本当にどうしちゃったんだよ!?」
本気で心配そうな声を上げた彼に、真昼は「あ、あれえ?」と
「ご、ごめんなさいお兄さん。お兄さんのことを〝夕くん〟って呼んでみたらどうなるんだろうと思って……でもそしたら普段どんな風にお兄さんと話してたのかも分からなくなっちゃいました」
「いやなんでだよ。ただ二人称変えただけであそこまで口調がおかしくなるって、もはやちょっとした才能だろ。というかなんでいきなりそんなことを?」
「えっと……な、なんとなく〝お兄さん〟のままだとちょっと距離があるような気がしまして……その、あんまり恋人っぽくないじゃないですか、〝お兄さん〟って」
両の人差し指をつつき合わせながら答える少女。友人たちに言われたことそのままだが、第三者から指摘されたことほど気になってしまうものだ。
しかしそんな不安の声を、青年はあっさりと笑い飛ばした。
「ははっ! 『恋人っぽい』ってなんだよ? 恋人っぽくてもぽくなくても、別にどっちでもいいと思うけどなあ。俺と
「!」
とてもシンプルなその言葉に真昼が目を丸くする。夕が手洗いを再開する片手間で返したその答えは、単純ながらも話の本質を
「で、でも……〝お兄さん〟より〝夕くん〟の方がもっと親しげな気がしませんか?」
「んー? そうか? 俺はあんまり気にならないかな。もちろん真昼がそう思うんなら、呼び方なんて好きにしてくれていいし。ただ距離感云々の話をするなら、君の敬語の方がよっぽど距離がある気がするけどな?」
「うっ!?」
微笑混じりに痛いところを突かれ、喉を詰まらせる少女。たしかに彼の言う通り、交際が始まってからも一向に抜ける気配がない真昼の敬語の方がよほど浮いて見えるだろう。とはいえ――
「こ、
「ヘンじゃないだろ、俺の呼び方をいきなり変えるのがヘンじゃないって言うなら」
「むぐっ!?」
「せっかくの機会だし、これからちょっとずつ
「む、無理無理無理っ!? そんなの無理ですっ!?」
「はいアウトー。
「それ無限ループになるやつじゃないですか!?」
涙目になる真昼を見て、夕がケラケラと楽しそうに笑う。どうやら彼にとっては、二人称など本当にどうでもいい問題らしい。
『俺は――どちらでもいいと思う』
昼休みに聞いた、
『
「――弦くんが言ってた通りですね」
「? なにか言ったか?」
「いえ、なんでもないですよ、お兄さんっ!」
「なんだ、結局そっちでいくのかよ」
「えへへー」
いつもの調子を取り戻した少女は、大好きな青年に向けて
「やっぱり自然体が一番ですからね!」
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