第三二六食 眼鏡男子と眼鏡女子


「――ユズル、あんたって本当バカよね」

「……なんだ、急に」


 クラスメイト以上友人以下の眼鏡少女にそう言われ、ゆずるは不機嫌そうに片眉をり上げた。オレンジ色に染まった夕日がレンズに反射し、寒々しい風が両者の間を吹き抜ける。

 湯前ゆのまえ弦と冬島雪穂ふゆしまゆきほは、日頃からなにかと言い争いの絶えない犬猿けんえんの仲だ。真面目かつ厳格シビアな眼鏡男子と、不真面目かつ怠惰たいだな眼鏡女子。〝眼鏡コンビ〟などと一括ひとくくりにされがちだが、性格も趣味も正反対な彼らが意気投合いきとうごうなど出来るはずもない。りょう亜紀あき――互いの友人同士が仲良くなければ、きっと卒業するまで関わることはなかっただろう。


 そんな二人がこうして並んで歩いているのは、かなり珍しい光景である。もちろん示し合わせたわけでもなんでもなく、今日はたまたま涼たちが掃除当番やら日直やらで居残っており、たまたま二人とも一人で帰路きろにつくことになり、たまたま靴箱の前でバッタリ鉢合わせになっただけ。そしていくら不仲とはいえ、知り合いを完全無視して途中まで同じ帰り道を歩くのは気まずすぎる。

 というわけでどちらも半分嫌々ながらも、一メートルほどの間隔かんかくけつつ一緒に帰っていたところへ、冒頭の雪穂の言葉である。


「まひるのことよ」


 今日の昼休み、恋人の青年のことで頭を悩ませていた友人の名を挙げた彼女は、手袋をしていない手を上着のポケットに突っ込みながら短く言った。


「『俺なら他者からどう見えるかではなく、自分たちの自然な関係を大切にしたい』、だっけ? あんたにしちゃマトモなこと言ったと思うけどさ……好きな女の子にマジメな恋愛アドバイス送るなんてバカなんじゃないの?」

「……フン、貴様だけには言われたくないな。そもそも俺の旭日あさひに対する想いを他の誰よりも馬鹿にしていたのは冬島、貴様だろう?」

「あんたがまひるを好きだってこと自体をバカにしてたつもりなんてないわよ。ただあんたとまひるじゃ顔も性格もまったく釣り合ってないから、身の程を知りなさいよって言ってただけで」

「この上なく馬鹿にしているだろうが」


 ピキッ、とひたい青筋あおすじを浮かべる弦。

 たしかにクラス内でも亜紀に次いで男子人気の高い真昼と交際するなど、弦にとっては夢のまた夢。友人としては比較的近しい位置にいたものの、結局想いに気付いてもらうことさえ叶わぬまま、彼の初恋は終わりを迎えた。どこかの〝ポッと出〟大学生のせいで。


「あんた、文化祭くらいまでは性懲しょうこりもなくまひるのこと狙ってたじゃんか。あの子が家森やもりさんに告白してからは大人しくなったけど……もう諦めはついたってわけ? いや、『どうしても諦めがつかん!』とか言い出されてもキモいんだけどさ」

「き、貴様はもう少し言葉をオブラートに包めんのか……?」


 遠慮のない聞き方をしてくる眼鏡女子に対し、眼鏡男子はヒクヒクと顳顬こめかみを引くつかせる。


「……俺は、家森夕あのおとこのことが嫌いだ」

「でしょうね。というかあんたが好きな人なんてまひるとリョウくらいのもんでしょうよ」

「おいやめろ、さも旭日とリョウが同列かのように並べるんじゃない」

「そういやあんたとリョウって、クリスマスイヴも二人で過ごしてたわよね。……」

「やめろ、意味ありげな目で見るな! 沈黙するな!?」


 趣味シュミのサブカル系少女の視線に邪推の色が混じった気配を感じた。いくら真昼まひるへの恋が叶わなかったからといって男色だんしょくの道へ進路を変更するつもりはない弦は、ゴホンと大袈裟に咳払いをして話の軌道修正を試みる。


「俺は家森夕あのおとこが嫌いだ。今でも旭日があんな男を選んだ理由になど見当もつかない」

「そりゃそうでしょ。だってあんたと家森さんってほぼ接点ないじゃん、あんたが一方的に敵視してるだけで」

「う、うるさいな。とにかく俺は、奴個人であればなにがどうなろうが心底どうでもいい。むしろ積極的につらい目にってほしいくらいだ」

「陰湿で最低なことを堂々と言うな。……だったらなんでまひるにあんな――結果次第じゃ、家森さんともっと上手くいっちゃいそうなアドバイスをしたのよ?」

「……フン、分かりきっていることを聞くな」


 眼鏡のブリッジを押し上げながら、弦は言う。


れた女に誰よりも幸せになって欲しいと願うのは、一人の――否、一匹のおすとして当然だろう?」

「! ……はあ。やっぱあんたってバカでしょ。まひるみたいに堂々と告白する度胸もなかったクセに、なに無駄にカッコつけてんのよ」

「な、なんだと!?」


 自分では決め台詞のつもりだったのに一蹴いっしゅうされてしまい、途端に恥ずかしくなる弦。そんな彼の羞恥しゅうちをよそに、天敵の眼鏡女子はフッと微笑む。


「でもま、ほんのちょっとだけ見直したわ。ほんのちょっとだけ、ね」

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