第三二四食 女子高生と二人称②

 真昼まひるが難しい顔をして首をひねっていると、教室後方の扉がガララと引き開けられる音がした。


「いや、だから惣菜パンで最強はコロッケパンだって! あの濃厚なソースの味がパンの甘みを引き出してんだよ!」

「リョウよ、馬鹿かお前は。その理屈で言うなら焼きそばパンでもいいではないか。大体なにが『パンの甘み』だ、そんな繊細せんさい味蕾みらいの持ち主でもないだろうが」

「そ、そんな言い方しなくたっていいだろ!?」

「そもそもコロッケも焼きそばもパンと同じ炭水化物だろう。つまりお前がしていることは、お好み焼きをおかずに白米を食らう大阪人と同レベルだということだ」

「別にいいじゃねえか! お好み焼きオンザライスのなにが悪い!?」

「フン、そんなに炭水化物が好きなら小麦粉をふりかけに米を食え。そして口の中を麩質グルテンだらけにしてニッチャニッチャしていろ」

「なんだと!? そこまで言うならユズルが好きな惣菜パンも言ってみろよ!」

「決まっている――BLTサンドだ」

「自慢げに言うわりにめちゃくちゃ普通じゃねえか! その平凡さでよくコロッケパンのこと悪く言えたな!?」

「なにを言い争ってんのか知んないけど、とりあえずうるさいってのあんたら」


 教室に入ってきたのはりょうゆずるの二人。それぞれコロッケパンやサンドイッチを手にしている彼らは「どの惣菜パンが一番美味しいか」で討論していたらしく、論争が激化しかけたところへ雪穂ゆきほが面倒くさそうに割ってはいる。


「昼間っから大声でBLがどうとか騒いでんじゃないわよ。そういう話は他の人に迷惑がかかんないよう、二人っきりの時にしなさいって」

「誰もそんな話しとらんわッ!? 貴様と一緒にするな冬島ふゆしま!」

「はあ!? 私は人目もはばからず〝BL〟なんて大声で言ったりしませんけどっ!?」

「今まさに言ってるわよ、雪穂。というかあんたら全員うるさい」

「だって聞いてくれよ小椿こつばき! コイツコロッケパンのことバカにしたんだぜ!? 意味分かんねえだろ、許せねえだろ!?」

「コロッケパンに対してそこまでの情熱を燃やすあんたの方が意味分かんない。ね、ひま?」

「こ、コロッケパンか焼きそばパンかBLTサンド……!? ……くぅっ、わ、私には……私には選べないよ、そんなのっ……!」

「なんであんたまで苦渋の決断にさいなまれてるのよ。家森やもりさんの話はどうなったの」


 デザートのメロンパンを片手に苦悩する親友に対してひよりがしらけた目を向ける一方で、眼鏡男子の弦がとある単語にぴくりと反応する。同じく涼も、いている椅子に腰を下ろしながら「なんの話だ?」と興味を示した。


「えーっと、ユズルとリョウくんも知ってるよねー? まひるんの隣に住んでるおにーさんのことー」

「ああ、まあ……一応?」


 この時点でこの話に加わるべきではなかったと後悔したのか、弦にちらりと視線を送りながらうんざりした表情かおをする金髪男子。しかし友人が眼鏡越しの視線で強烈な圧を掛けてくるので、仕方なく先を話すよう亜紀あきうながす。


「実はそのおにーさんとまひるん、今月から付き合い始めたんだけどさー――」

「ぐはあっ!?」

「ゆ、ユズルーッ!? た、大変だ、ユズルが喀血かっけつしたぞ!?」

「ああ亜紀ちゃんっ! そんなサラッとバラさないでよ!?」

「え、ごめん。話さない方が良かった感じー?」

「ぐふっ……! い、いや大丈夫だ……元々風の噂で聞いていたからな……」

「そ、そうなの……? そんな噂になっちゃってるんだ……うう、恥ずかしい……」


 真昼まひるは自分とゆうが付き合っていることをごく近しい、青年とも関わりのある人物にしか伝えていない。学校関係者ではない彼の話をれ回るのはどうかと思うし、なによりそのことでからかわれたりするのが恥ずかしかったからだ。それなのに噂にまでなっているというのは、少女にとって不本意以外の何物でもないだろう――実際にはそんな噂は立っておらず、弦と涼は彼女らが話しているのを盗み聞いただけなのだが。


「そ、それで? その家森サンがどうしたんだ?」

「うん、実はねー――」


 かくかくしかじかと亜紀が男子陣へ事情を説明する。そのかん、真昼は雪穂に下敷したじきでパタパタとあおがれながら、紅潮こうちょうした頬の熱をどうにかました。


「――というわけでー、せっかくおにーさんと付き合えたのに〝お兄さん〟なんて他人行儀な呼び方ってどうなのー? って話してたわけー。二人はどう思うー?」

「いや、どうって言われてもなあ……」


 くすんだ金髪をボリボリとき、涼が言う。


旭日あさひと家森サンの好きにすればいいんじゃねえの? 先の話は知らねえけど、今のところはそれで問題ないんだろ?」

「うわー、リョウくんらしく無難でつまんない答えー」

「誰がそんなテンプレ回答しろっつったのよ。あんたは旧式の人工知能AIか」

「なんで俺こんな怒られてんの!?」


 聞かれたから答えただけなのに亜紀と雪穂から罵倒ばとうされ、瞳に涙を浮かべる涼。大学生組からも〝悪ガキコンビ〟と恐れられている彼女らだが、クラスにおいてもそのポジションは変わらないらしい。


「じゃあ……ユズルはどう思う?」


「ふ、二人ともそのへんに……」と真昼が悪ガキたちを止めている横で、ひよりが突っ立ったままの眼鏡男子に問うた。少し躊躇ためらうようなたずね方になったのは、彼の真昼に対する想いを知っていたからだろう。いくら真昼の恋だけを応援しているひよりでも、少しくらいは気を遣ってしまう。

 そして数秒の無言の後、弦はぼそりと口を開いた。


「……俺は――」

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