第二九四食 彼の故郷と聖地巡礼①

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 家森夕やもりゆうの地元・越鳥おっとり市は、現在の下宿先である歌種うたたね町から車で二時間ほどの位置にあった。歌種町と比べると少しだけさかえているものの、逆にそれ以外は特別に取り上げる部分のない、普通の街である。

 街をげての名産品もなければ、魅力的な観光名所があるわけでもない。いて言えば住宅街を外れたところに中小企業の工場地帯があるために昼間ちゅうかん人口が多く、それをターゲットにえた定食屋や弁当屋の出店率が高いのがある種の特徴だろうか。それはつまり、歌種町からわざわざ二時間もかけて遊びに行くような場所ではない、ということでもあるのだが……。


「おおーっ! ここがお兄さんの生まれ育った街! すっっっっっ――ごく、普通ですねっ!」

「だからそう言っただろうよ」


 中型二輪の後部座席から飛び降りた真昼まひるが手でひさしを作り、周囲を見回しながら端的な感想を述べるのを聞いて夕が苦笑する。そして二人分のヘルメットと少女用の保護具プロテクターをシート下に仕舞しまった彼は、夏以来に帰って来た地元の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「出発前にも言ったけど、この街に面白いもんなんて一つもないぞ」

「一つも、ですか」

「うん、一つも。基本に住宅街とか工場ばっかりだから遊べるようなところもないしな。ちょっとした買い物とかカラオケくらいなら出来るけど、そんなの越鳥市ここじゃなくてもどこでも出来るし……つまんない街だよ、本当に」


 自分の故郷こきょうに対して辛辣しんらつな青年に、真昼は「そこまで言わなくても」とくすくす笑う。

 ちなみに今二人が居るのは駅前の小さな駐輪場。利用開始から二時間までは無料という太っ腹ぶりで、ちょっとした公園にも隣接しているので一時休憩もねて立ち寄ったのだ。

 建物の入り口に設置されていた自販機で二人分のホットドリンクを購入してから園内へ。ざっと見回したところ遊具や砂場に子どもたちの姿はなく、代わりに遠くのベンチに何人かの老人が集まってワハハと談笑していた。よく見ると遊具もブランコと滑り台くらいしかないので、どうやらここは子どもの遊び場というよりもおじいちゃんおばあちゃんのいこいの場と表現した方が正しいのかもしれない。


「あそこの他にベンチは……なさそうだな」

「あっ、それじゃあブランコに座りましょうっ! 小さい子が来たら代わってあげればいいだけですしっ!」

「お、おう」


 くいっとそでを引いたかと思えば、そのまま自然にぎゅっと腕を組んでくる真昼。彼女はここ一〇日ほどであっさり手繋ぎや腕組みに馴染なじんでしまったが、夕の方はいまだにドギマギしてしまう……これに関しては青年の順応性じゅんのうせいの低さ以上に、無防備に身体を押し付ける少女の方に非があるとも言えるが。

 それから二人は鉄の支柱からくさりるされているブランコの座板にそれぞれ腰掛け、冷えきった身体を温かい飲み物でいやす。夕は缶の微糖コーヒー、真昼はペットボトルのレモネード。「なんだかいつもの数倍、美味しい気がします」とは、ここまでの長距離移動を初めて体験した少女のげんだ。冬のツーリングはとにかく寒さで体力を奪われるため、そう感じるのも無理はない。〝空腹は最高のスパイス〟ならぬ〝極寒は最高のスパイス〟である。


「……なあ、真昼」

「はい?」

「なんで今日、越鳥市ここに来たいなんて言い出したんだ? もっと楽しいデートスポットくらい、他にいくらでもあっただろ? 遊園地とか動物園とかさ」

「んー、そうですね。たしかにそういうところにもお兄さんと行ってみたいですけど……」


 あごに人差し指を当てて空を見上げながら、真昼が続ける。


「でも私、この街にどうしても一度来てみたかったんです。お兄さんが生まれ育った街に」

「? それさっきも言ってたけど……そんなにこだわるほどのことなのか? 別に珍しくも面白くもないだろ」

「そんなことありませんよ」


 少女はキィ、とブランコを揺らすと、青年の方を振り向いて微笑んだ。


「きっとこの街のいろんな景色を見て、聞いて、感じたからこそ、今のお兄さんがあるんだと思うんです。だから私も同じ景色を見て、聞いて、感じて――少しでも多くのことを共有したい。雪穂ゆきほちゃんふうに言えば〝聖地巡礼セイチジュンレイ〟です」

「お、大袈裟おおげさだなあ……まさかそれだけのために来たいって言ってたのかよ?」

「ふふっ、おかしいですか? でも私、大好きなお兄さんのことは全部、ぜーんぶ知っておきたいですから」

「!」


 そのじりのない純粋な瞳に射抜かれ、一瞬言葉を失う夕。そして同時に理解する――これは〝定番〟のデートから一切はずれた、夕と真昼の二人にしか価値を見出みいだすことが出来ないだということを。だからこそこの少女は大切な初デートの舞台にこの場所を選んだのだと。


「さあ、そうと決まればさっそく二人でお兄さんゆかりの地を巡りましょう! お兄さんが通ってた小学校や中学校はもちろん、習い事の教室からよく行ってたコンビニまで、今日一日で全部網羅もうらするつもりですからねっ!」

「いやごめん、ちょっとだまされそうになったけどやっぱり超つまんなそう!? や、やっぱり今からでも別のところに――」

「ダメですっ! それに私、お兄さんと一緒ならどんな場所でも一二〇パーセント楽しめる自信がありますから大丈夫ですよ!」

「うぐっ……そ、そのキラキラした言葉ひとつで揺らぎそうになる自分がうらめしい……」


 少女の笑顔が最大の弱点ウィークポイントである青年がそれ以上強く反論出来るはずもなく。

 そんなわけで、ほぼ真昼一人しか得をしない聖地巡礼は幕を開けてしまったのであった。

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