第二九三食 旭日真昼と行きたいところ②


「あなたの理想のデートスポットは?」と問われた際の回答は、きっと人によって様々だろう。喫茶店巡りが趣味の人でも「お洒落な今風いまふうのカフェ」と答えるかもしれないし、「落ち着いた雰囲気の古風な茶亭ちゃてい」をげるかもしれない。中にはその辺のチェーン店で十分という人だっているはずだ。

 他にも服飾が好きなら有名ブランドの専門店やセレクトショップ、漫画やアニメが好きなら書房やグッズ販売店、特定のアーティストが好きなら公演やライブビューイング等々。人の嗜好しこうは人の数だけ存在するのだから、個人の理想を問えばその答えも十人十色じゅうにんといろになってしかるべきである。


 では質問を変え、「一般的に定番のデートスポットといえば?」と問われた場合はどうか。今度は反対に、かなり答えがしぼられるだろう。なぜなら先の質問が個人の理想を問うものだとすれば、こちらはより現実に即し、を前提にした問いだからだ。

 そして現実のデートにおいては個人の趣味嗜好だけでなく、パートナーの趣味嗜好も考慮した上でその妥協点を探る必要がある。自分の趣味が喫茶店巡りだからといって、相手の趣味にまったく合わないならばお洒落なカフェを回ったところで楽しめまい。もちろん互いの趣味にれ、相互に知見ちけんを得られる関係を築いていくことも交際の醍醐味だいごみではあるのだが、どちらかの譲歩じょうほを前提として訪れるような場所を〝定番〟とは呼べないだろう。


 つまり〝定番のデートスポット〟というのは〝より多くの人が場所〟と言い換えてもいい。一例としては大型のアミューズメント施設――遊園地やテーマパークがそうだ。たくさんのアトラクションや体験コーナー、販売店等が一纏めにされている分、趣味の異なるパートナー同士であっても一緒に楽しみやすい。それ以外なら多様なジャンルの作品を取り扱う映画館、自分たちのペースでのんびり楽しめる動物園・水族館も候補になり得る。

 しかし定番は所詮しょせん定番、無難である代わりにどうしても個性・面白味に欠けてしまう部分はいなめない。かといって奇をてらえばより楽しいデートになるとも限らず……要するに難しいのだ、デートスポットの選定というものは。

 そしてここにもまた、隣人にして恋人の少女とのデート関して悩む青年が一人――


「(――やっぱり真昼まひると行くなら遊園地か? 絶叫系アトラクションとか好きそうだもんな……いや、でもこないだ部屋でた映画もかなり楽しんでたみたいだし映画館か……いやいや、それを言うなら動物園とか水族館の方が楽しめそうじゃないか? あの子、野良猫とか散歩してる犬にもめちゃくちゃ懐かれやすいし、本人も動物好きだしなあ……あー駄目だ、どこに行っても『すっごく楽しいですっ!』って言ってる姿しか想像出来ねえ)」


 しゃこしゃこと寝起きの歯磨きをしながら、彼――家森夕やもりゆうは片手で自らのひたいを押さえていた。今日は高等部の冬休み最終日、真昼まひると二人で出掛ける約束をしている日だ。

 恋人関係になってから初めての正式なデートになるわけだが……そんな楽しい一日の始まりにも関わらず、夕の表情はえない。なぜならデート当日の朝だというのに、彼はまだどこへ遊びに行くのかさえ教えられていないからである。


「(真昼は『行き先は当日発表しますねっ!』とか意気込いきごんでたけど……いったいどこに行くつもりなのやら)」


 あの少女は基本的にどこへ行っても・なにをしても楽しみを見出みいだせてしまうタイプなので、逆に想像がつかなかった。順当に遊園地や映画館デートを提案してくる可能性もあるし、唐突に「お兄さんの運動不足を解消するために登山デートにしましょう!」などと言い出してもおかしくはない。

 夕が「出来れば登山は遠慮したいなあ……」とぼんやり口をゆすいでいると、あらかじめ鍵を開けておいた玄関のドアが外から元気よく開かれた。入ってきたのは言うまでもなく一人の女子高生である。


「おっはようございまーすっ! お兄さんお兄さん、窓の外、すっごくよく晴れてますよ! えへへ、絶好のデート日和びよりですねっ!」

「(可愛い)」


 顔を見るなりお日様のような笑顔を満開にさせてぴょこぴょこ寄ってくる四つ年下の恋人にいやされつつ、夕は口内の水を吐き出してから挨拶を返す。彼女はよほど今日のデートが楽しみだったのか、爛々らんらんと輝かせた瞳の下に寝不足の証拠が見てとれた。


「……それで、今日はどこに行くんだ? よく分かんないけど、もう決めてあるんだろ?」

「はい、もちろんっ! 私がお兄さんとの初デートで行きたいところは~……どぅるるるるるるる……」


 口頭セルフドラムロールでたっぷりけた少女は、やがて「じゃじゃんっ!」と本日の目的地を発表する。


「ずばり、〝お兄さんが生まれ育った街〟ですっ!」

「……。……は?」


 予想だにしなかったその答えに、夕は思わず本気の困惑を眉に浮かべてしまった。

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