第二九二食 旭日真昼と行きたいところ①


「っはあーっ! やっと終わったーっ! いやー、ありがとーまひるん、おかげで今年は冬休み明け一発目から先生に怒られなくて済むよー」

「もう、亜紀あきちゃんってば、ちょっと目を離した隙に勝手に私の宿題を写しちゃうんだから……」

「あははー、まーまー」


 長い苦行から解放されたことにより諸手もろてを振り上げて喜ぶ亜紀に、真昼まひるが眉尻を下げながら苦笑した。ゆるふわ系少女の前には何冊かのノートや一部が折れたりくしゃくしゃになったりしているプリント類が乱雑に重ねられている。

 ゆうがアルバイトに出掛け、彼女たちが二〇五号室へ戻ってからおよそ五時間。外もすっかり暗くなるような時刻まで集中してはげんだ結果、二人はどうにか二週間分の課題を片付けることに成功した。もっとも終盤は亜紀も限界が訪れたのか、真昼のファイルからこっそり抜き取った模範解答を丸写しするという暴挙ぼうきょに出ていたが……それでも不真面目な彼女にしては頑張った方だろう。自分でも言っている通り去年度、中等部時代までの彼女であれば考えられないほどである。当時の彼女であればまず間違いなく、真昼が宿題を写させないと言った時点で逃げ出していたはずだ。


「ってかごめんねー、まひるん。せっかくのお休みに押し掛けて時間とらせちゃってさー」

「ううん、気にしないで。どっちにしても今日はなにも予定なかったから」

「そうなのー? あー、そういえば来た時も『寝てた』とか言ってたねー。んふふー、さてはおにーさんが居ないから寂しくてふて寝してたんだー?」

「そ、そんなことっ……なくもないけど……」


 朝のことを思い出し、もごもごと言葉をにごらせることしか出来ない真昼。現にもしも亜紀が来ていなければ、青年が帰ってくるまで二度寝を続けていたかもしれない。とんだグータラ女子高生もいたものだ。

 自分のだらしない寝顔を想像してしまった真昼は微妙に頬を染めると、「そ、そうだ!」とあからさまに話題を変える。


「亜紀ちゃん、お夕飯はどうするの? 良ければ私がなにか作ろうか?」

「え? いいよいいよ、私おなか壊しやすいからさー」

「それどういう意味さっ!? わ、私だってお兄さんに負けないくらいお料理上手になったんだからね!?」

「はは、そんなまさかー。備長炭びっちょうたんみたいな黒焦げハンバーグ作ってたくせにー」

「そ、そんなのもう昔の話だもんっ!?」

「あははー、冗談だってば、冗談ー。お昼もご馳走ちそうになったのに夜ごはんまで面倒見てもらうわけにはいかないからねー。それにパパが車で迎えに来てくれるらしいし、ちゃんと自分の家に帰って食べるよー。まひるんは、おにーさんがバイトから帰ってくるまで待つのー?」

「あ、うん。たぶん今日も九時過ぎまでお仕事だろうし、ご飯作って待ってるよ」

「そっかー。なんか〝恋人〟って感じだねー」

「そ、そうかな、えへへ……」


 照れ照れと後頭部に手を当ててはにかむ少女。夕がアルバイトの日に真昼が夕食の用意を担当しているのは随分前からそうなのだが、それでも恋人らしいと言ってもらえるのは彼女にとって嬉しいことなのだろう。


「恋人と言えばまひるん、今朝『まだちゃんとしたデートは出来てない』みたいなこと言ってたよねー? 冬休みももう終わっちゃうけど、お兄さんとどこか行ったりしないのー?」

「うん、実はこないだお兄さんにも同じようなこと聞かれてね? それで最後の日曜日、二人でお出かけしようかって話になってるんだ。私の行きたいところに連れていってくれるんだって」

「へー、そうなんだー? どこどこ、どこ行くのー?」

「えへへ、まだお兄さんにも伝えてないんだけどね――」


 そう言うと真昼は、亜紀の耳元で何事かをごにょごにょとささやいた。二人しかいない空間で耳打ちをする必要性はまったくないが、壁に耳あり障子しょうじに目あり――内緒話はひそひそ声で、というのはいつの時代でもお決まりである。


「えっ……それおにーさん、『いいよ』って言うかなー?」

「あはは、どうだろうね? たしかにお兄さんはちょっと嫌がるかもしれないけど」


 意外そうに見開かれた亜紀のまん丸な瞳を見返しながら、真昼が続ける。


「でも私は、ずっと前から一度行ってみたいって思ってたから」

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