第二九五食 彼の故郷と聖地巡礼②

 それから二人は市内のいろんな場所を見て回った。


「ここがお兄さんの通ってた小学校ですかっ! たしかにどことなくお兄さんが通ってたような雰囲気を感じますねっ!」

「いや小学校なんかどこも似たようなもんだろ、適当言うんじゃないよ」

「お兄さんがまだこぉーんなっちゃい頃ですよね。ふへへへへぇ……リトルお兄さん、絶対可愛いですよぉ……」

「よりにもよって小学校の目の前で不審者みたいな顔すんな、よだれらすな!」


 ゆうが小学生時代六年間を過ごした学舎まなびや


「昔はここに駄菓子屋だがしやがあったんだ。店やってるおばあちゃんが腰を痛めたとかで店仕舞いになったらしいけど」

「残念ですね……私も。お祖父じいちゃんにお小遣いもらった時とかはよく近所の駄菓子屋さんに行ってましたよ。遠足のお菓子を買おうとして一〇円分予算オーバーしちゃった時、そのお店のおばちゃんが『それじゃあその一〇円はおまけってことにしてあげる、そうすれば予算ぴったりでしょ?』って言ってくれたりしました」

「へえ、良い話じゃないか」

「はい、だから私、少しでもおばちゃんにお礼がしたくて……その次の遠足の時にお友だちみんなに頼んで、クラスメイト三一人全員でその駄菓子屋までお買い物しに行きました」

「どんだけ規模のでかい恩返し? 小学生の頃からコミュりょくおばけだったんだな、君は……」


 既に空き地となっている、かつては小さなタバコ屋があった商店街の一角。


「次はお兄さんの高校……そういえばお兄さんって歌種うたたね大学に通ってるけど、私たちみたいに附属校出身じゃないんですよね? どうしてですか?」

「どうしてって言われても……真昼まひるみたいに『中学生の時から下宿げしゅくして一人暮らし!』って方がよっぽど少数派だと思うぞ。俺だって志望高校決める時、とりあえず実家から通える範囲から選んだし」

「むう……もしお兄さんが中等部とか高等部に居てくれたらもっと早く出会って、お兄さんのこと『先輩』って呼べてたかも知れないのに」

「どのみち学校の中じゃ会えてなかっただろ。俺と君、四つ違いなんだから」

「あ、そっか。仕方ない、この野望は私が歌種大学に進学した時まで胸に秘めておくことにします」

「君が大学こっちに来た時はもう俺、卒業してるけどな」

「がーんっ!? ……あ、留年の可能性がまだ残って」

「ねえよ。というかそんなしょうもない野望のために俺の将来を不安定にすんな」


 厳密には越鳥おっとり市内にはない、男女共学の公立高等学校。


「ボウリングにカラオケに、バッティングセンター! なんだ、楽しそうなところ、普通にあるじゃないですか!」

「逆だよ。言ったろ、これくらいしかないんだって。でもちょっと懐かしいな。中学の頃は学校でなにかの打ち上げするってなったら大体ここのカラオケに来てたよ。少ない小遣いでやたら高いサイドメニュー注文したりしてさ」

「打ち上げ……ちなみにその時って、女の子とかも居たりしました?」

「え? そりゃ学芸会の打ち上げとかなら、女子も半分くらいは参加してたけど……」

「薄暗い個室で、私以外の女の子と、楽しくカラオケ……? はーん、ふーん、ほーん……お兄さんの浮気者」

「なんでそうなるんだよ!? 意味不明な嫉妬しっとやめろよ!」


 彼の甘酸っぱい思い出がたくさん詰まって……はいないが、楽しい時間をたくさん過ごしたであろう複合アミューズメント施設。

 これら以外にも二人は様々なスポットを訪れては、当時のことを話し合った。今はもう疎遠そえんになってしまった幼馴染みのこと、夏の帰省きせいでも連絡をとったという友だちのこと、近所の公園で拾った猫をこっそり学校に持ち込んで怒られたこと、通っていた学習塾の塾長が怖かったこと。

 中には真昼まひるが聞いたことのない話も多くあり――珍しく饒舌じょうぜつに・懐かしむように語る青年の横顔を盗み見て、少女はそっと瞳を細めた。恋慕こいしたう彼との距離がまた少し縮まったような、そんな気がして。


「……さてと、なんだかんだ最初の公園まで戻って来ちゃったけど、次はどうする?」

「うーん、もう思いつくようなところは全部まわっちゃいましたもんね……あ」

「ん? まだなにかあったか?」

「あっ、いえっ!? さ、流石にちょっと、まだ勇気が出ないですし……」

「……?」


 もじもじと顔を伏せてしまった恋人に夕がきょとんと疑問符を浮かべた、その時である。


「あら? そこに居るの……もしかして夕?」

「へ?」

「え?」


 突然そう呼びかけられ、夕と真昼は同時に声がした方を振り向いた。

 そこに立っていたのは、買い物帰りとおぼしき一人の中年女性。特別に美人というわけではないが年相応にまとまった顔立ちをしており、ついでにすらりと背が高い。そしてなにより――


「か、母さん!?」

「……え?」


 すぐ隣で夕が驚きの声を上げたのを聞き、真昼は改めてその女性と青年の姿を見比べた。そしてその数秒後――叫ぶ。


「ええええええええええっっっ!?」

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