第二九一食 仔犬少女と小悪魔少女②
★
、最初は夕と
「んー、んまーっ。おにーさん、また腕を上げたねー?」
「ははっ、そりゃどうも。って、腕が上がったかどうか分かるほど俺の料理食ったことないだろ」
「んふふー、まーねー?」
「でもすっごく美味しいですよ、このオムライス! 今までも何回か作ってもらったことありましたけど、今日のが一番美味しいですっ!」
「ありがとう、真昼。本当はデミグラスソースも手作りしてみようかと思ったんだけどさ、ビーフシチューと味が
「いーじゃん、私普通のケチャップオムライスも好きだしー」
「デミグラスソースの方も、今度一緒に作りましょうねっ!」
「そうだな」
喋りながらもぱくぱくとスプーンで食べ進め、ほんの一五分足らずで三人の皿は綺麗に
「はあー、美味しかったー。おにーさんのごはんにして正解だったねー」
「ふっふーん、そうでしょっ!」
「なんでまひるんがドヤるのさー? ……でもいいなー、正直おにーさんの顔ってまったく好みじゃないけどー、こんなに美味しいもの作ってくれるんなら私がおにーさんと付き合っても良かったかもー」
「っ!? だ、ダメだからねっ、絶対!?」
亜紀が瞳の奥を光らせながらぺろりと舌舐めずりをしたのを見て、真昼はひしっと恋人の左腕にしがみつく。一方の夕は亜紀が既に事情を知っていることに驚きつつ、「さりげに酷いこと言われたような……」と複雑そうな表情を浮かべた。
「んふふー……ねーおにーさん、今からでも私と付き合っちゃおっかー? まひるん子どもっぽいし、私と付き合った方が楽しいと思うよー、イロイロ」
「あ、亜紀ちゃんッ! そ、そんなことしたら絶交しちゃうからねっ!? お兄さんも鼻の下伸ばさないでくださいっ!」
「伸ばしてないわ。
「あはー、ごめんごめんー。大丈夫だってまひるん、いくらなんでも友だちの彼氏を寝取ったりしないからさー」
「な、ならいいけど……」
そう言いつつも夕の腕を掴んだまま離そうとしない真昼と、意味ありげな――実際は真昼の反応を楽しんでいるだけだが――笑みを唇に乗せる亜紀。バチバチと火花を散らす仔犬と小悪魔を見て、青年は「なんだコレ……」と呆れとも困惑とも言えない微妙な感覚を覚える。状況だけを見れば〝二人の女の子に取り合われる罪な男〟だが、亜紀がまったく本気でないことを知っている以上、そこには虚しさしか残っていない。いっそ本気で警戒している真昼が可哀想なくらいだ。
「……っと、もうそろそろバイト行かないと」
「えっ、もうですか? いつも夕方からなのに……」
「そうなんだけど、さっき店長から電話が来て『早い時間に来れるなら来てほしい』って頼まれちゃってさ。年始でなにかと忙しかったから、バイトでも人手が欲しいんだと思う」
「ふぇー、真面目だねー、おにーさん。そんなの『大学で忙しいでーす』って言っちゃえばいいのにー」
「ははっ! そうだな、次からはそうするよ」
「それじゃあ後片付けだけでも私たちがやっておきますね!」
「いいのか? ごめんな、助かる」
「ごはん作ってもらったんだし、それくらいはしないとねー」
高校生二人に礼を言い、夕は
そして朝と同じように恋人を送り出す真昼を尻目に、不意に亜紀が夕にぴょんっ、と詰め寄り――ひそひそ声で告げる。
「ね、お兄さん」
「ん?」
「まひるのこと、よろしくね?」
「!」
普段の
「私もひよりんも
「赤羽さん……」
「だからよろしく、お兄さん。まひるのこと、幸せにしてあげてよ」
「……ああ」
夕が短く、けれど力強く頷くと、亜紀は「にひひ」と人差し指を口元に立てながらはにかんだ。「今の話、まひるには内緒ね」という意味であろうそのジェスチャーに、青年は無声で「ありがとう」を告げてから部屋を出ていった。
「あ、亜紀ちゃん? 最後、お兄さんとなに話してたの?」
「んー? 『まひるんに飽きたらいつでも私が付き合ってあげるよー』ってねー?」
「ッ!? だ、だからダメだってばっ!? もうっ、亜紀ちゃんなんてキライっ!?」
「あははー、怒んないでよ~」
ぷいっとそっぽを向いてしまった真昼は、その背中に柔らかく微笑みかける小悪魔な友人の真意に、最後まで気付くことが出来なかった。
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