第二九一食 仔犬少女と小悪魔少女②


 ゆうが用意してくれた昼食は、ふわふわ玉子のオムライスと昨晩から仕込んであったビーフシチューだった。どちらも無難な洋食の定番メニューだがそれゆえに女子高生たちは二人とも大喜びで

 、最初は夕と真昼まひるのことをからかう気満々だった亜紀あきでさえ、そのことを放り出して食卓についたほどである。


「んー、んまーっ。おにーさん、また腕を上げたねー?」

「ははっ、そりゃどうも。って、腕が上がったかどうか分かるほど俺の料理食ったことないだろ」

「んふふー、まーねー?」

「でもすっごく美味しいですよ、このオムライス! 今までも何回か作ってもらったことありましたけど、今日のが一番美味しいですっ!」

「ありがとう、真昼。本当はデミグラスソースも手作りしてみようかと思ったんだけどさ、ビーフシチューと味がかぶると思ってめた」

「いーじゃん、私普通のケチャップオムライスも好きだしー」

「デミグラスソースの方も、今度一緒に作りましょうねっ!」

「そうだな」


 喋りながらもぱくぱくとスプーンで食べ進め、ほんの一五分足らずで三人の皿は綺麗にからっぽになった。夕は真昼の胃袋容量キャパシティを把握しているので彼女の分だけは大盛りになっていたはずなのだが、一番最初に食べ終えたのもまた真昼だったというのは、もはやお約束であろう。亜紀も朝から勉強漬けだったせいかビーフシチューをおかわりし、ライスの一粒まで残さすことなくぺろりと完食してみせた。


「はあー、美味しかったー。おにーさんのごはんにして正解だったねー」

「ふっふーん、そうでしょっ!」

「なんでまひるんがドヤるのさー? ……でもいいなー、正直おにーさんの顔ってまったく好みじゃないけどー、こんなに美味しいもの作ってくれるんなら私がおにーさんと付き合っても良かったかもー」

「っ!? だ、ダメだからねっ、絶対!?」


 亜紀が瞳の奥を光らせながらぺろりと舌舐めずりをしたのを見て、真昼はひしっと恋人の左腕にしがみつく。一方の夕は亜紀が既に事情を知っていることに驚きつつ、「さりげに酷いこと言われたような……」と複雑そうな表情を浮かべた。


「んふふー……ねーおにーさん、今からでも私と付き合っちゃおっかー? まひるん子どもっぽいし、私と付き合った方が楽しいと思うよー、

「あ、亜紀ちゃんッ! そ、そんなことしたら絶交しちゃうからねっ!? お兄さんも鼻の下伸ばさないでくださいっ!」

「伸ばしてないわ。赤羽あかばねさんも、そういうことは冗談でも言わないでくれ。この子は全部信じちゃうから」

「あはー、ごめんごめんー。大丈夫だってまひるん、いくらなんでも友だちの彼氏を寝取ったりしないからさー」

「な、ならいいけど……」


 そう言いつつも夕の腕を掴んだまま離そうとしない真昼と、意味ありげな――実際は真昼の反応を楽しんでいるだけだが――笑みを唇に乗せる亜紀。バチバチと火花を散らす仔犬と小悪魔を見て、青年は「なんだコレ……」と呆れとも困惑とも言えない微妙な感覚を覚える。状況だけを見れば〝二人の女の子に取り合われる罪な男〟だが、亜紀がまったく本気でないことを知っている以上、そこには虚しさしか残っていない。いっそ本気で警戒している真昼が可哀想なくらいだ。


「……っと、もうそろそろバイト行かないと」

「えっ、もうですか? いつも夕方からなのに……」

「そうなんだけど、さっき店長から電話が来て『早い時間に来れるなら来てほしい』って頼まれちゃってさ。年始でなにかと忙しかったから、バイトでも人手が欲しいんだと思う」

「ふぇー、真面目だねー、おにーさん。そんなの『大学で忙しいでーす』って言っちゃえばいいのにー」

「ははっ! そうだな、次からはそうするよ」

「それじゃあ後片付けだけでも私たちがやっておきますね!」

「いいのか? ごめんな、助かる」

「ごはん作ってもらったんだし、それくらいはしないとねー」


 高校生二人に礼を言い、夕は身支度みじたくを整えて玄関へ。真昼が合鍵を持っているのおかげで、施錠せじょうの心配は不要だ。

 そして朝と同じように恋人を送り出す真昼を尻目に、不意に亜紀が夕にぴょんっ、と詰め寄り――ひそひそ声で告げる。


「ね、

「ん?」

「まひるのこと、よろしくね?」

「!」


 普段の間延まのびした声をひそませた亜紀は目を細めてこそいるが真剣そのものの表情で、驚いた夕は静かに瞳を見開いてしまう。


「私もひよりんも雪穂ゆきほも、ずっとあの子のこと見てきたからさ。やっぱ思っちゃうんだよね、幸せになってほしいなって」

「赤羽さん……」

「だからよろしく、お兄さん。まひるのこと、幸せにしてあげてよ」

「……ああ」


 夕が短く、けれど力強く頷くと、亜紀は「にひひ」と人差し指を口元に立てながらはにかんだ。「今の話、まひるには内緒ね」という意味であろうそのジェスチャーに、青年は無声で「ありがとう」を告げてから部屋を出ていった。


「あ、亜紀ちゃん? 最後、お兄さんとなに話してたの?」

「んー? 『まひるんに飽きたらいつでも私が付き合ってあげるよー』ってねー?」

「ッ!? だ、だからダメだってばっ!? もうっ、亜紀ちゃんなんてキライっ!?」

「あははー、怒んないでよ~」


 ぷいっとそっぽを向いてしまった真昼は、その背中に柔らかく微笑みかける小悪魔な友人の真意に、最後まで気付くことが出来なかった。

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