第二八二食 家森夕とラブロマンス①


 真昼まひるお手製のパスタとサラダを堪能たんのうした後、俺たちはテーブルに向かい合って座りながら食後のミルクティーを楽しんでいた。いつものコーヒーではなく紅茶なのは、単に彼女の部屋にインスタントコーヒーがなかったからである。

 大学受験の時に世話になったこともあってどちらかと言えばコーヒー派の俺だが、たまに飲むと紅茶も悪くないものだ。俺も男なので一人で個人経営の喫茶店に入り、渋いマスターにダージリンを注文するような格好いい大人に憧れたことはある。無論、ダージリンやらアールグレイやらセイロンやらがどう違うのかは分からない。今飲んでいるアッサムより美味しいものなのだろうか。

 俺がそんな取り留めもないことを考えていると、妙に優雅ゆうが気取きどった所作でティーカップ――実際はマグカップ――を傾けていた真昼が、後ろ髪をファサァッ、と払いながらこちらを見て言った。


「ふふーん、いかがかしら、お兄さん? ワタクシれた高級ロイヤル高貴ロイヤルなロイヤルミルクティーのお味は?」

「ファミレスごっこの次はお嬢様ごっこか。なにが高級ロイヤルだよ、最安価やすもののティーバッグだろ」

「う゛っ……い、いいじゃありませんか、お紅茶で大切なのは茶葉の貴賤きせんではなく淹れ方なのですから、おーっほっほっ!」

「ポットからドボドボお湯そそいでおいて『淹れ方』とか言う? あと一応訂正しておくけどロイヤルミルクティーは〝ミルクで煮出した紅茶〟のことだから、コレはただのミルクティーだぞ」

「き、気分がロイヤルだからいいんですぅー! なんですかなんですかっ、紅茶なんて美味しく飲めればそれでいいじゃないですかっ! ふんだっ!」

ねないでくださいよ、お嬢様……それで、今日はこれからどうしようか?」


 そう問うと、そっぽを向いてしまっていた我が恋人は「あ、はいっ!」とロイヤルごっこを放り捨てて瞳を輝かせた。相変わらず、思考回路が単純で助かる。


「私、お兄さんと一緒に恋愛映画をたいですっ!」

「えっ……れ、恋愛映画?」


 予想外の提案に少し困惑する。俺は人並みに映画を観る方だと思うが、それでもラブロマンスのように恋愛が主題の作品にはほとんどれたことがない。異性とえんがない男なら大抵そんなものだろう。とはいえ別に食わず嫌いをしているわけでもないので、真昼が観たいと言うなら付き合うのもやぶさかではない。


「でも俺、どんな作品が面白いのかとか全然知らないんだけど……真昼はなにか観たいもの、あるのか?」

「いえ、私も恋愛映画ってほとんど知らなくて。だけど安心してくださいお兄さんっ! 事前にオススメの恋愛映画についてリサーチしておきましたから!」

「おお、準備いいな。オススメの調査リサーチってことは、誰かに聞いてきたのか?」

「はいっ! 亜紀あきちゃんと雪穂ゆきほちゃんに!」

「どうしよう、人選じんせんに不安しかない」


 脳裏にダブルピースを浮かべる悪ガキコンビを思い浮かべてしまい、途端にその調査結果を信用出来なくなる俺。これが小椿こつばきさんとかだったら良かったのに、どうしてよりによって悪ふざけの代名詞みたいな子たちに聞いてしまったんだ、真昼よ……。

 しかし友だちのことをまったく疑っていない無垢むくな少女は携帯電話のメモアプリを起動し、映画のタイトルらしき名前が並んでいるページを開いた。そして嫌な予感に駆られる俺に気付かないまま、一番最初の題名を読み上げる。


「えーっと、これは亜紀ちゃんのオススメですね。『今夜、キミを襲う』」

「タイトルからしてもうヤバそうなんだけど」


 ぼやきつつ、俺は自分の携帯でその映画について調べてみた。検索候補サジェストの一番上に並んでいた文字列は――〝R18〟。


「ほら言わんこっちゃない! 思いっきり成人向けじゃねえか!」

「えっ? 成人向――う、うえぇっ!?」


〝成人向け〟の意味がよく分からなかったらしい真昼も、検索結果として表示されたジャケット画像を見てその意味を理解したらしい。ちなみに『今夜、キミを襲う』のパッケージを簡潔に言い表すならば〝ベッド上で絡み合う男女〟である。言うまでもなく、うちの恋人にはまだ早い……というか、むしろどうして赤羽あかばねさんはこんな作品を知っているのか。


「も、もうっ、亜紀ちゃんってばこんなのオススメしてくるなんてっ!? ……そ、そんなに面白いんでしょうか?」

「ちょっと興味持つんじゃないよ、悪ふざけに決まってるだろこんなもん! ……やっぱり赤羽さんのは駄目だ。冬島ふゆしまさんの方にしよう」

「は、はい。えーっと、雪穂ちゃんのオススメは……『男子高☆フィーバー! ~男同士で恋しちゃダメなんていったい誰が決めたんですか?~』」

「こっちもかよ!? なんで二人ともそんなキワどいやつをすすめてくるんだよ! オススメ下手くそか!」

「ま、待ってくださいお兄さん! 雪穂ちゃんの方は題材が高校みたいだし、流石に年齢制限は掛かってないと思います!」

「いやそういう問題じゃないだろ!? 付き合い始めた次の日に彼女の部屋で男子高校生同士の熱愛模様を視聴するってどういう地獄なんだよ! まだベタベタの少女漫画展開の方が許せるわ!」

「し、少女がベタベタになる展開ですか? それならちょうど亜紀ちゃんのオススメに『魔法少女vsベタベタモンスター』っていうのがありますけど……」

「どんだけピンポイントな作品!? というかそれ絶対恋愛映画じゃないだろ!」


 その後も悪ガキコンビの推薦作品を片っ端から調べてみたものの、赤羽さんのオススメはほぼ全て真昼の年齢トシでは観られない制限付きでアウト。冬島さんの方は一応全年齢対象ではあったが、教育上あまりよろしくなさそうなニオイのする作品ばかりだったのでこちらもアウト。審議しんぎの結果、俺たちは無難にネットレビュー上位常連の一本を選ぶこととなった。

 そして今回の教訓きょうくん――あの二人と真昼をたばねてる小椿さん、マジですごい。

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