第二八一食 旭日真昼とクリームパスタ②

「お待たせしました~、こちら特製クリームパスタとサラダのセットになります~」

「なんかファミレスみたいなノリで来た」


 気分だけウェイトレスになった真昼まひるが二人前のパスタを持って部屋へ入ると、ゆうは携帯電話を片手に顔を上げた。調理時間は一五分程度で済んだはずだが、それでも流石に暇をもて余してしまったようだ。女の子の部屋に一人で取り残されたのだから無理もないと言えば無理もない。「別にその辺の雑誌とか読んでてくれても良かったんですよ?」と少女が言うと、青年は「いや、女の子向けの雑誌を俺が読んでもなあ」と苦笑を返す。


「ごめんな、真昼一人に任せちゃって」

「いえいえ、今日は私がシェフですからっ! はいどうぞ、召し上がれっ!」

「おっ、パスタか。思ったよりお洒落な料理が出てきたな」

「ふっふーんっ、そうでしょうそうでしょう! お兄さんに食べてもらうためのとっておきだったんです! お兄さんはミートソーススパゲティとペペロンチーノしか作れないですもんねっ!?」

「ここぞとばかりにマウント取ってくるなよ、事実だけども」


 自信作の一皿を早く食べてもらいたくて、真昼はいそいそとフォークを夕に手渡し、それぞれのサラダにドレッシングをかける。本当はドレッシングまで手作りしてみたかったのだが、今回は時間の都合で仕方なくいつもの市販品だ。

 ついでにドリンクも市販のトマトジュースにしてみた。一応健康を意識して食塩無添加むてんかの方を選んだものの、普段からトマトジュースを飲むわけでもないので真昼にはあまり違いが分からない。買い物の時に夕が「無塩の方が好き」だと言っていたので、彼女としてはそれでよかった。


「ほらほらお兄さんっ、冷めちゃう前に食べて食べてっ!」

「は、はいはい。それじゃあ、いただきます」

「はーい、召し上がれーっ」


 ニコニコニマニマと見守る少女の前で、夕は「食べづらっ」とツッコミを入れながらフォークを動かす。いつもはパスタだろうとはしでばくばく食べてしまう彼だが、今日は真昼の顔を立ててか、一口分を綺麗に巻き取って出来る限り上品に食べるようにつとめているようだ。


「んっ! 美味うまっ!」

「ほ、本当ですかっ!?」


 第一声でそう言われ、飛び上がらんばかりの勢いで身を乗り出す真昼。


「すごく上手に出来てるよ。俺、あんまりクリームパスタって食べたことないんだけど、こんなに美味いんだなあ。知らなかったよ」

「えへへへぇ、お兄さんってば褒めすぎですよう、『世界一美味しい』『俺のために毎日作ってほしい』だなんて……」

「いや、そこまでは言ってない」

「お兄さんさえ良かったら作り方教えましょうかっ!? えーっと、まず最初にほうれん草をですねえ――」

口頭こうとうで!? そ、それはまた次の機会でいいかな、ほら、今は食べることに集中したいしさ」

「あっ、そ、そうですよねっ! 私が愛情をたっぷり込めて作ったパスタが冷めちゃったらもったいないですし……といっても私のお兄さんへの愛が冷めることは今後一生ありえませんけどねっ!」

「どういうテンションで言ってんだよ。あと全然上手いこと言えてないからな?」

「……あ、〝愛〟とか言っちゃったあ……!」

「しかも自分で恥ずかしがるんかい! や、やめろよ、こっちまで恥ずかしくなってくるだろ!」


 自爆続きの少女が顔を手でおおい、恋人の青年もまた赤い顔でサラダをつつく。真昼の愛情表現がストレートなのは今さらだが、正式に交際が始まったことによってさらに歯止めが効かなくなりつつあるのかもしれない。

 やや気まずくなってしまった空気の中、真昼は自らもフォークを取ってパスタを口へ運ぶ。


「(うう、『美味しい』って言ってもらえたのは嬉しいけど、そのせいで変な空気になっちゃった……! だ、ダメよ真昼、弱気になっちゃダメ! なんのために今日お兄さんを呼んだのか、思い出してっ!)」


 そう、ただ料理を振る舞うだけならばなにも自室に呼び込む必要はない。それでも今回、少女が〝ご招待〟という形で青年に来てもらったのは、普段とは違った環境で手料理を食べてもらうことによって、より一層彼との距離を縮めることが出来ると考えたからだ。実際、以前のバイクデートでお弁当を食べてもらった時はなかなか手応てごたえがあった……ような気がする。


「(そ、それに今はもう恋人同士なんだし、多少大胆なことしたってお兄さんは受け入れてくれるはずっ! よ、よーっし!)」


 覚悟を決めた真昼は意を決したようにまなじりり上げ、「お、お兄さんっ!」と彼を呼んだ。そしてその口先に、自らのフォークをそっと差し出す。


「は、はいっ、あーん?」

「ッ!? い、いきなりどうした真昼ッ!?」


 なんの脈絡もなく〝あーん〟をされたことに戸惑う青年。当たり前の反応だが、瞳を危険な色にギラつかせる少女はそんな些末さまつなことなど気にも留めない。


「ははは恥ずかしがらなくてもいいんですよ? こ、ここっ、恋人同士ならこれくらいふ、普通ですしっ!」

「いやめっちゃ動揺しながら言われても! しかもフォークに巻かれてるパスタの量、多っ!? 巻きすぎてちょっとした鈍器どんきみたいになってるんだけど!」

「す、すみません、私スプーンを使わないと上手に巻けなくて……はい、あーん?」

「食えるかあっ!? やるならちゃんと一口分に――いや待て違う違う、そもそもなんでこのタイミングで突然『あーん』!?」

「これぞまさに〝恋人っぽいこと〟じゃないですかっ!」

「だからって急すぎるわ!? 分かってんのか、これでも一応か、間接かんせつキスになるんだぞ!?」

「キッ……!? ……や、やりましょうっ、是非!」

「なんでだよっ! もうちょっと躊躇ためらおうよっ!?」


 ――それから暴走状態の少女が平静を取り戻すまで、約一〇分の時間を要した。

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