第二八〇食 旭日真昼とクリームパスタ①


「頑張るぞー、絶対お兄さんに『美味しい』って言ってもらうんだからね……!」


 台所に移動した真昼まひるは、顔をぺちぺち叩きながら自らを鼓舞こぶする。新年になってからまだまともに使っていない自宅のキッチンに調理器具と食材を並べて準備万端、やる気は満々だ。


「(うー、でもやっぱり緊張しちゃうなあ。私の部屋にお兄さんが居るの、なんかすっごく変な感じ……)」


 少女はごくりと喉を鳴らしつつ、隣室で料理の完成を待ってくれているであろう青年の姿をドア越しに見た。念願叶って恋仲となった彼を勢いそのまま自室へ招待したまでは良かったのだが、いざこうして一人になってみると急激に恥ずかしさというか、照れくささのようなものが込み上げてくる。


「(な、なにか変なものとか置いたりしてないよね、大丈夫だよね? ……うん、大丈夫。というかさっきの下着よりも見られて恥ずかしいものなんて私の部屋にないし!)」


 先刻の自爆を思い出すことで逆に憂慮ゆうりょを振り払うという高等技巧テクニックで心を落ち着ける真昼。ちなみにちょうどこの時、ゆうは枕元に飾ってあるぬいぐるみ――その造形を一言で表すなら〝キモカワイイ〟ならぬ〝キモブサイ〟――を見つけてしまい、どこか遠い目をしていたのだが……独特の感性センスに定評のあるこの女子高生には知るよしもない。


「よしっ、さっさと作っちゃおう、お昼ごはんっ!」


 改めて気合いを入れ直すと、少女は昼食の調理へ取りかかる。本日のメニューはまだ一度も青年に食べてもらったことのない隠し玉〝きのことほうれん草のクリームパスタ〟だ。


 まず最初に袋から取り出したほうれん草の根元を包丁で切り落としてから土汚れを落とし、たっぷりと湯をかした鍋でくきの方から順に二分ほどでていく。茹で終わったらざるにあげ、冷水でましてからぎゅっと水気をしぼり、適当な大きさへ切り分ける。今日使うのは一部だけなので、残りはラップでつつんで冷凍保存行きだ。ほうれん草はお弁当用のいため物などで重宝ちょうほうするため、真昼はわりと頻繁ひんぱんに購入していたりする。

 そしてもう一度鍋で湯を沸かしている間に、次はシメジとエリンギの下処理だ。それぞれ石突いしづきを落とした後、シメジは半株ほどを手でほぐし、エリンギは一度半分にしてから五ミリ幅程度になるよう切っていく。使いきれなかった部分はやはり冷凍庫送りである。


「(下拵したごしらえはこれでおっけー。次は……)」


 沸騰ふっとうした鍋に市販のスパゲティと塩を投入。そして熱したフライパンにオリーブオイルとほうれん草、シメジ、エリンギを入れ、中火で炒める。全体に油が馴染なじんだら大さじ一杯分の薄力粉を加え、続けて牛乳、コンソメ顆粒かりゅう、塩胡椒を追加。一煮立ちさせ、そのまま弱火でじっくりと煮込んでいく。


「(もうこれだけでも美味しそう……ってだめだめ、つまみ食いなんてはしたないっ)」


 おさめたはずの朝食がすっかり消え、きゅるきゅると可愛らしい音を立てる胃を叱咤しったする真昼。とはいえもう時計の針は一時を過ぎているので、お腹が空いてくるのも仕方がないだろう。

 煩悩ぼんのうを消し去る意味も込め、次に作るのはサラダ。千切りにした――真昼は不器用なため、よくても百切りくらいだが――キャベツと六等分にしたトマトを器に盛り、等間隔で切り分けたスライスチーズとロースハムを乗せるだけ。手早く簡単に作れるため、副菜としては万能である。


 そうこうしている間にパスタが茹で上がったので、後は完成したクリームと混ぜ合わせれば完成だ。綺麗に皿へ盛り付けたいところだが、残念ながらそんな技術は持ち合わせていないため、仕上げに乾燥パセリと黒胡椒を散らすことでなんとなく誤魔化ごまかしておく。少女が愛する彼は食べ物の見た目にこだわるタイプではないとはいえ、やはり出すからにはなるべく見映みばえも良くしたい。やはり恋する乙女にとっては〝女の子パワー〟こそが肝要かんようなのだ。

 ……なお、別の皿に薄切りバゲットを乗せたのは見映えが半分、パスタだけでは足りないであろう真昼じぶんの胃袋のためが半分だった。

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