第二七九食 彼女の部屋とご招待③


「――それじゃあお兄さん、私はお昼ごはん作ってきますから完成するまでの間、そこで腹筋ふっきんしておいてくださいねっ……!」

「なんでだよッ!? 自爆したからって腹いせに八つ当たりしてくるんじゃないよ!」


 真昼まひるから一〇分後。まだ顔から赤みが抜けきっていない少女にそう命じられ、俺は盛大なツッコミを響かせていた。対する真昼は「そんなんじゃないですっ!」と言いながらぷいっと顔を背ける。絶対そんなんじゃあるだろ、この子……。


「だ、だからなにも見てないって何度も言ってるだろ?」

「嘘ですッ!? お兄さん、絶対見ましたよね!? 『見てない』とか言いながら、本当はばっちり見たんですよね、私のぱ――し、下着っ!」

「み、見えなかったって!? ほ、ほらちょうどここからだと逆光になってて……それにすぐ目も逸らしたし!」

「……じゃあ、何色と何色と何色でした?」

「え? 水色と桃色ピンクと、薄紫の縞模様ストライプ……はっ! しまった!?」

「やっぱり見てるじゃないですかっ!? 私、お兄さんの嘘なんてすぐ見抜けるんですからね!? しし、しかも色とか柄までしっかり覚えてるなんて……お兄さんのえっち! ヘンタイッ!?」

「おいやめろ、この状況でそれ言われるとマジで警察沙汰になりかねないッ!? わ、分かった、謝る! なんで俺が謝らなきゃいけないのかまったく釈然しゃくぜんとしないけど、それでも謝るから!?」


 完全に不可抗力によるものではあったとはいえ、〝下着を見られた女子高生〟と戦って勝てるはずもない。二〇歳ハタチ超えの哀れな男子大学生こと俺が平身低頭の姿勢で謝ると、真昼はしばらく「ううううぅ~っ!」とうめき声を上げてから言った。


「……わ、私の方こそごめんなさい。どう考えてもお兄さんは悪くなかったですよね」

「え、あ、おうん……」


 急に謝り返され、肯定おう否定ううんが混じったような謎返事をしてしまう俺。こ、ここは「そうだぞう、まったく真昼はうっかりさんだなあ」と笑い飛ばしてやればいいのだろうか? それとも「い、いやいや、俺の方こそ……」と日本人特有の必殺技〝謝り返し返し〟をカマすべきなのか?


「よーっし! こういう時は美味しいものを食べて忘れちゃうのが一番ですよねっ!」


 俺がしょうもない思考をめぐらせている間に勝手に立ち直ったらしい真昼は、デスクの上に綺麗に畳んで置いてあったエプロンを手に取った。クリスマスの時に俺と交換した方ではなく――あれは俺の部屋で料理をする時専用――、今年の春頃にプレゼントしたほうだ。

 もう随分と年季ねんきが入ってところどころに調味料のシミが付いているそれを慣れきった手付きで後ろ結びにすると、少女は腰に手を当ててむんっ、と胸を張る。


「私、腕によりをかけて美味しいものを作りますからね! お兄さんはそこでのんびり待っててくださいっ!」

「お、おう、ありがとう……」

「……く、くれぐれも、またカーテンを開けたりしちゃダメですからね?」

「し、しねえよっ! 俺ってそんなことする奴だと思われてんの!?」


 恋人の目を盗んでコソコソカーテンをめくっている情けない自分を思い浮かべながら抗議すると、真昼は「冗談ですよ」と微笑んだ。そのままてってってーとキッチンへ逃げていく彼女の背中を見送った後、俺は息を吐き出しながら胡座あぐらの上に頬杖をつく。


「(しっかし、これがあの真昼の部屋ねえ……)」


 無作法だとは思いつつ、俺は改めてキョロキョロと室内を見回してみた。もはやあの汚なかった部屋の面影おもかげは一切ない。一言で言えば〝普通に掃除が行き届いている女の子の部屋〟である。

 ふと学習机の上に備え付けられている本立てに目を向けると、そこには雑誌や書籍の背表紙がずらりと並んでいた。かつて二人で目を通した覚えのあるレシピ集を始め、整理整頓の手引き書から掃除・手入れに関するハウツー本に至るまで、実に多様なラインナップだ。それら全てに熟読された痕跡こんせき――ページの折れや無数に貼られた付箋ふせん――が残っており、真昼があの机で〝女の子パワー〟とやらを向上させるべく努力していたことを明白に物語っている。


「(……本当に頑張り屋だな、君は)」

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