第二七五食 恋人たちと最初の朝
★
俺という人間は、これまで生きてきた二〇年間でただの一度たりとも〝
もっとも、別にそのことをコンプレックスに思ったりしたことはあまりなかった。恋仲の男女が仲
そして昨日、そんな寂しい言い訳野郎に初めて恋人が出来た。名前は
さて、そんな俺と真昼のこれまでの関係を一言で表すとすれば、それはおそらく〝良きお隣さん〟がベストだろう。今年――もう去年だが――の春に出会ってからというもの、どれだけの時間を彼女と過ごしてきたか分からない。一学生が自炊した安い飯を食べて瞳を輝かせるお日様のような少女の存在によって、俺の
しかしながら、その〝良きお隣さん〟としての関係も昨日で終わりを迎えてしまったわけだ。これからの俺たちは隣人としてではなく、恋人として過ごしていくことになる。
正直、まだ戸惑いは抜けきっていない。たった数日で大きく変化した関係に即応することは難しいはずだ。ただでさえ、俺も真昼も互いが初めての恋人なのだから。ぎこちない空気になってしまったり、これまで通りに振る舞えなくなったりしてもおかしくない。
――と、思っていたのだが。
「真昼、目玉焼きどうする?」
「んーっと……今日はケチャップの気分なのでケチャップで! あ、お兄さん、ご飯の量はどうしますか? 大盛り? 特盛り? 超大盛り?」
「なんで
「なに言ってるんですか、お正月だからってご飯抜いたら元気が出ませんよ! せめて超大盛りにしましょう!」
「『せめて』で特大サイズを提案してくるんじゃないよ。わ、分かった、大盛り食うから
しゃもじを片手にウキウキと炊飯器から米をよそう真昼に苦笑しつつ、朝食の準備を終えた俺は部屋のテーブルに味噌汁と目玉焼きの皿を運ぶ。昨日はお
「いただきます」
「いただきまーすっ!」
俺も
そのまま無言で食べ進めること約五分。文字通りあっという間に皿を
「なんというか……付き合ったって言っても、意外と変わらないものですね」
「ん、そうだなあ」
まったく同じことを考えていた俺が箸を
「やっぱり真昼としては、なにか変わった方が嬉しかったか?」
「いえ、そういうわけじゃないですよ。私、お兄さんと一緒にゆっくりごはん食べるの、大好きですから」
「……? ……そっか」
「あっ、今一瞬、『そんなガツガツ食べておきながら何言ってるんだろう』って顔しましたね!? ゆ、ゆっくりっていうのはそういう意味じゃなくてっ!?」
「分かった分かった。別に何も言ってないだろ」
「目が言ってたんですよう……」
むむむ、と首を
いや、考えてみれば当然かもしれない。そもそも人間関係の変化による影響が最も大きいのは第三者からどう見えるかだ。「あの二人、付き合い始めたらしいぜ」「あいつ、あんな可愛い子と付き合ってるなんて
しかし俺と真昼の場合は元からほとんどこの部屋で、二人きりで過ごしてきたために〝第三者の視点〟がなく、その分変化を感じづらいのだろう。たとえばここに
「なるほどなるほど……たしかにそうかもしれませんね」
俺の話を聞いてウンウン頷いた真昼は、しかし直後に「でも」と続ける。
「〝他の誰か〟が居なくたって、恋人になったことを実感する方法はたくさんありますよ」
「え? どんな?」
即座には思い付かない俺が首を傾けると、すくっと立ち上がった少女はとてとてとこちらへ歩み寄ってきた。そして――
「たとえば、こうですっ」
「!?」
がばっ、と首に抱きついてきた真昼に、俺は思わず全身を硬直させてしまう。手に持っていた箸が落ち、茶碗と皿の上でカランカラーン、と高い音を
「え、えへへ……どうですか? こんなこと、昨日まで簡単には出来なかったでしょう?」
「い、いや……俺は今でも簡単には出来ない、かな……?」
無意味と分かっていながら、どうか顔が赤くなっていませんようにと
そういえば真昼はハグ、というかスキンシップに抵抗などはないのだろうか。この子が無防備なのは出会った時からなにも変わっていないものの、流石にこんな風に前触れもなく抱き付かれると
「――んに゛ゃあああああっ! ももっ、もうダメっ、もうダメですっ!」
「!?」
奇声とともに勢いよく身を離した少女は、熱された
「こここっ、これ以上は恥ずかしくて死んじゃいますっ!? とと、というかお兄さんっ、なに普通に抱き締め返してくれちゃってるんですかっ! 私が想定してないことしないでくださいっ、お兄さんのえっち!?」
「ええっ!? 自分は突然抱きついてきといて!?」
「私はいいんですっ! でもお兄さんが私を抱っこする時は
「どんだけグロい
「イヤなんて一言も言ってませんっ、むしろウェルカムです! ただ、その時は予め許可をとってくださいと言っているだけで!」
「(め、めんどくせえっ!?)」
大胆なのか照れ屋なのか分からないことを
そんなこんなで、ぎこちない空気になったり、これまで通りに振る舞えなくなったりこそしなかったものの、恋人としての俺と真昼の日常が
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