第二七四食 家森夕と旭日真昼2ー②

「なあ、真昼まひる

「はい?」

「俺と、付き合ってくれないか?」

「……」


 青年にさらりとそう言われ、少女はきょとんとした表情のまま一時停止する。そして。


「…………。……? …………。……あぇひぃえっっ!?」


 たっぷり一〇秒ほども彼から放たれた短い音声を咀嚼そしゃくし、言語の意味を考え――を言葉として認識した瞬間、真昼は謎の奇声と共にぼふんっ! と顔面を噴火ふんかさせた。


「うえっ!? 今っ、なんっ……うええっ!? おにっ、付きっ……うええええっ!?」

「だ、大丈夫か……?」


 驚愕きょうがくやら困惑やらといった感情に言語能力を封じられてしまったかのように口をぱくぱくさせる少女に、ゆうが気遣わしげに言ってくる。彼の一言のせいで真昼は大混乱しているというのに、当の本人はいっそ憎たらしいほどに冷静だった。


「どっ、どどどどういうことですかお兄さんっ!? つきっ、つきつきっ、突っつきあってってっ!?」

「い、いや、『突っつきあって』じゃなくて『付き合って』って言ったんだけど……」

「どっ、どこにですか!? スーパーにですかッ!?」

「なんでそうなるんだよ。この流れで『スーパーに付き合って』って言い出すのはおかしいだろ」

「それを言うならこの流れでお付き合いの申し込みをされるのも絶対おかしいと思うんですがっ!?」


 もちろん真昼とて、ひよりと交際に関する話をしてきたばかりなのだからそのつもりではあった。しかしそれにしたって、まさか「お酒、美味しいですか?」に対する返答のついでに告白されるとは思わないであろう。いっそ適当に言われたのではないかと疑ってしまうくらいだ。


「は、ははあん? わ、分かりました、分かりましたよお兄さん!」

「……え? なにが?」

「さてはこれ――ドッキリですね!?」

「だからなんでそうなるんだよッ!」


 グラスを置いた夕が叫ぶ隣で、真昼はどこかに隠されているカメラを探すかのようにキョロキョロと室内を見回す。


「どこですか!? どこかで私の恥ずかしい姿をってるんでしょう!?」

「撮ってねえよ! 嘘の告白してその様子を録画って、俺どんだけ性格悪いと思われてるんだよ!?」

「い、いやでもさっきまで青葉あおばさんがいましたし、悪ノリでやっちゃった可能性も……!」

「ないから! いくら青葉あいつでもそこまでのことはしないから! というか俺たちってそんなに信用ないの!? なんか悲しくなってきたんだけど!?」

「だだ、だっておかしいじゃないですか、あのお兄さんがこんなあっさり言ってくれるなんて!? 文化祭の時は『高校生と付き合うのなんか死んでもごめんだぜ、へっ!』って言ってたのに!」

「そこまで言ってないわ! 昨日も似たようなこと言ってたけど、若干被害妄想れるのやめてくれよ!」


 わめくように言い合い、ぜえはあと肩で息をする二人。そして一旦深呼吸を挟んだ後、真昼が不安のにじむ表情で問いかけた。


「も、もしかして、本気で言ってるんですか……?」

「本気だよ。……いや、ごめん。君の言う通り、昨日の今日でこんなこと言い出すのは急すぎるって、分かってはいるんだけどさ」


 この段に至り、遅れて緊張がやって来たらしい夕がぽりぽりと頬をきながら続ける。


「だけどその、真昼のことが好きだって分かってるのに、これ以上君への返事を保留にするわけにはいかないっていうか……文化祭の日から今日まで、二ヶ月以上も待ってもらったわけだし……」

「むっ……。……なるほど、お兄さんの言いたいことは分かりました」

「! そ、そうか?」

「はい」


 すると、なぜかジトッと半眼になった真昼は「ですが!」と、胸の前で大きくバツじるしを作って言った。


「そういう理由ことなら、私はお兄さんとお付き合いなんてしたくありませんっ!」

「ええっ!?」


 フラれるなどとは予想だにしておらず、夕の顔からサーッと血の気が引いていく。当然だ、よもや昨日まで「全部引っくるめてお兄さんのことが好き」と豪語ごうごしていたはずの少女からそでにされるとは誰も思うまい。

 衝撃のあまり青年が灰としそうになっていると、腕のバッテンをいた真昼がむっつりと唇をとがらせた。


「……お兄さんは、『付き合って』って言うんですか?」

「!」


 その言葉に、夕がはっと顔を上げる。


「もしそうなら、私はまだお兄さんとお付き合いなんて出来ません。前にも言いましたけど……私は、お兄さんに気を遣ってもらったって嬉しくないですから」

「……そう、だったな……ごめん。今のは失礼な言い方だった――君にも、俺にも」


 嵐の夜の会話を想起しつつ、反省に目蓋まぶたを閉じた。そして青年は心を落ち着けるように二度大きく息を吸ってから、改めて真昼とひざを突き合わせる形で座り直す。その一方で少女も綿わたの少ない座布団に正座したまま、ぴんっと背筋せすじを伸ばして夕の瞳を見返した。


「真昼」


 同じく真昼の瞳を見つめたまま――夕がげる。


「俺は、君のことが好きです。だから……どうか、俺と付き合ってください」


 言い終えると同時に、青年は頭を下げた。深く、深く。

 それは今日までずっと一途に想い続けてくれた少女への謝儀しゃぎのようであり、一度は彼女の気持ちを受け入れられずに拒絶してしまったことに対するあがないのようでもあり。

 そしてそんな夕からの告白を受け、瞳いっぱいに涙をめた真昼がこくんと大きく頷いた。


「――はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 言いながら胸に飛び込んできた少女に「おわっ!?」と驚き――しかし今日ばかりは押し倒されてしまうことなく、その細い肩をしっかりと抱きとめる。


「えへへ……お兄さん、雰囲気ムード作るの下手ですね?」

「う、うるさいな。君にだけは言われたくないよ」

「だけど今私、すっごく――すっごくすっごく幸せです」

「……そっか」

「はいっ」


 みずからの胸に顔を寄せている真昼の表情は夕からは見えない。けれどそれでも、喉を震わせたお日様の少女が満面の笑顔を咲かせていることだけはハッキリと分かる。

 狭い部屋の中、互いの鼓動と息遣いを感じながら、二人は腕の中にある温かな幸せを抱き締め続けていた。

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