第二七三食 家森夕と旭日真昼2ー①


「お兄さん、ただいまですっ!」

「うおっ、びっくりした!?」


 ドドドドッ、ガチャッ、ドドドドッ、バーンッ!

 擬音ぎおんにするとこれくらいになりそうな勢いで飛び込んできた真昼まひるを見て、部屋の中にいたゆうはビクッと肩を震わせた。ついでに彼の手中に収まっていた未開栓のアルミ缶がテーブルの上にゴトンと落ちる。


「お、おかえり、真昼。小椿こつばきさんとの初詣はつもうではどうだった……っていうか、まさか神社から走って帰ってきたのか?」

「あ、いえ、すぐそこからです! お兄さんの分もしっかりもうでてきましたよ! はいこれ、お土産みやげのおまもりです!」

「あ、ありがとう……」


 少女から手渡された、『気合と根性!』という刺繍ししゅうが入った謎センスの御守りを微妙な表情かおで受け取る青年。ここで学業成就じょうじゅや健康祈願きがんなどの安牌あんぱいに走らないあたりは実に彼女らしいが……しかし神仏からも根性論を持ち出されるとは、なかなかどうして世知辛せちがらい。あるいはそれこそがいわゆる〝人事をくして天命を待つ〟ということなのだろうか。

 遠い目をした夕が御守りを片手にそんなことを考えていると、定位置にちょこんと座った真昼が「そういえば」とこちらを見上げてくる。


「さっきそこで青葉あおばさんに会いましたよ。……この様子だと、お二人で随分お楽しみだったみたいですね」

「へ、変な言い回ししないでくれないか。あいつが一人で酒盛さかもりしていっただけだから……あっ、真昼は酒の空き缶に触るの禁止な。匂いで酔われたりしたら困るから」

「あはは、またまた~。いくらなんでも匂いだけで酔ったりしませんよ」

「(真昼きみに関しては否定しきれないと思う……)」


 口には出さぬまま、夕は蒼生あおいが残していった空き缶たちをさっさと台所まで避難させる。万が一にでもまたあの酒乱モードになられては困るのだ。


「……あれ、お兄さん。これ、まだ中身入ってますよ?」

「あ、ああ、うん。それはいいんだ」

「? もしかしてお兄さんが飲むんですか?」

「まあ、そんなとこ」


 真昼から手渡されたのは、唯一蒼生が手をつけずに置いていったアルコール度数三パーセントの缶チューハイだ。これから真昼と大切な話をしなければならない夕に対し、「素面しらふで言う勇気が出ないなら飲んでみるといい」と言って渡してくれたのだが……。


「(こんな一本でえるわけないだろ、真昼じゃあるまいし……)」


 夕は特別酒に強いわけではないものの、チューハイ一本で酔っ払うほど弱くもない。それくらい、大学の飲み会で何度も飲み会でわしている彼女なら知っているはずだろうに。


「あ! それじゃあ私がおしゃくしましょうか!?」

「え……ち、チューハイをか?」

「はい、実はちょっと憧れだったんです! コップとってきますね!」

「あっ。お、おいっ?」


 夕が答えるよりも先に、いそいそとキッチンへ消えていく真昼。ビールや日本酒ならまだしもチューハイの酌をするという可愛らしい発想に、青年は思わず苦笑してしまう。なんとなくよみがえったのは、ペットボトルのジュースをフタいで飲んだ小学生時代の思い出だった。


「お客さあん、今夜は好きなだけ飲んでってくださいねえん? 今日はお店のおごりですからあん」

「いやまだ昼だし、酒もこの一本しかないし……というかそのキャラはなんのドラマの影響だよ」

「クリスマス会の時にひよりちゃんのお母さんがてた、『サラリーマンとキャバクラ嬢』っていうお昼にやってるドラマです」

「まさかの昼ドラ!? 高校生のクリスマス会場でなんてもん流してんだ小椿母!」

「私はアルバイトがあったので途中までしかられなかったんですけど、ひよりちゃんは『ほんと男ってすぐ浮気するよね……最低』って言ってました」

「その感想だけでどんな話だったのか、大体想像ついたよ……」


 そんな話をしている間に、真昼が夕のグラスにピンク色の液体をそそいでいく。まだ日も高い時間、ついでに未成年の少女がいる場で飲酒をするというのは流石に気が引けたが……飯事ままごと遊びをする子どものように瞳を輝かせる真昼には勝てない。


「さあお兄さん、ぐいっと飲んじゃってください! でもお酒を一気に飲むと身体に悪いそうなので、ちょっとずつ飲んでくださいね!」

「(どっちだよ)」


 両極端な注文をしてくる少女に心中でツッコみつつ、〝ぐいっと勢いよくグラスを傾けて少量ちょっとだけ飲む〟という離れわざをやってのける夕。すぐ隣で真昼が「いい飲みっぷりですねっ!」とはしゃいでいるが、あれは単に言ってみたかっただけだろう。


「(考えてみるとかなり久し振りだな、酒飲むの。だからって、やっぱり酔いはしないけど……)」


 この程度では素面となにも変わらない。ほんの少し――そう、ほんの少しだけ、じんわりと身体が熱をびる程度だ。蒼生が言っていたようなは期待できそうもない。


「(そういや、真昼になんて伝えるか考えてなかった……女の子にこんなこと言うの、初めてだもんなあ)」


 心臓の鼓動こどうも至って平静に、規則正しいリズムをきざんでいる。昨日と同じだ。青年は、自分で想像していたよりもずっと落ち着いている。


「(こういう時、なんて言うのが正解なんだろう……なんて言ったら、この子は一番喜ぶだろう)」


 思考を巡らせてみるものの、頭に浮かぶ言葉は一つだけ。それ以上はなにも思い付かないし、思い付けない。

 であれば――それでいいのかもしれない。


「えへへ、どうですかお兄さん! お酒、美味しいですか?」

「うん、美味うまいよ。……なあ、真昼」

「はい?」



「――俺と、付き合ってくれないか?」

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