第二六七食 女子高生と初詣(恥)


「や、家森やもりさんから告白されたあっ!?」

「わあっ!? ひ、ひよりちゃん、声が大きいよっ!」

「あ……す、すみません」


 一月二日の朝。驚きのあまり場にそぐわない大声を上げてしまった小椿こつばきひよりに、真昼まひるは慌てて唇に人差し指を当てて「静かに」のジェスチャーを返した。さいわい彼女たちも含め、初詣はつもうでに訪れた人々で溢れている神社の境内けいだいは既に相応に騒がしく、ひよりの叫喚きょうかんに対しても近くの数人が一瞥いちべつしてきた程度だったが、常識人の親友はペコリと周囲へ頭を下げる。


「ど、どういうこと? 一体なにがどうなったらそんな急展開になるのよ?」

「え、えーっと……」


 一段階ボリュームを下げた声で問われ、真昼は照れたような、あるいは困ったような表情で頬をいた。


「だって真昼あんたと家森さん、大晦日おおみそかの夜までは全然今まで通りだったじゃない。アキが言ってたわよ、『あの二人って両方ヘタレっぽいから一生進展しなさそうだよねー』って」

「私の知らないところでそんなこと言われてたの!?」

「あと雪穂ゆきほも『お揃いのエプロンとかけちゃってるくせにいつまでもウダウダやってるから見てるこっちがイライラする』って」

「ただの悪口っ! も、もしかしてひよりちゃんもそう思ってたの!?」

「いや、私は別に……まあ見ててもどかしいな、さっさとくっつけばいいのにとは思ってたけど」

「思ってたんじゃない! 直接言われなかった分、余計に本音っぽくてショックなんだけど!?」


 涙目でなげく親友の姿に、ひよりが珍しくクスッと微笑ほほえんだ。実は彼女は真昼が夏風邪を引いた時から「両想いそうなのでは」と考えていたのだが……それがようやく実を結んだというなら驚きはさておき、喜ばしいことであろう。


「……それで? どうやってあの家森さんにそこまで言わせたのよ? あの家森さんに」

「な、なんで二回も言うの? えっと……これ、あんまり大きな声では言っちゃいけないと思うんだけどね……?」

「大きな声で言えない……? ハッ……あ、あんた、まさか……!?」

「ちょっと待って、なんで引くのひよりちゃん!? 一体何を想像してるの!? 違うよ!? たぶんひよりちゃんが想像してるような意味じゃないよ!?」

「え? とうとうバカアキたちの言葉を鵜呑うのみにして、家森さんを押し倒したんじゃないの?」

「違うよッ! ……か、完全に違うとまでは言い切れないかもしれないけど……」


 嘘のけない少女がそっと視線を逸らしながら言ったのを聞いて、「言い切れないんじゃない!」とツッコむひより。


「み、見損なったわよ真昼ひま、あんたがそんな子だとは思ってなかった! 家森さんも家森さんよ、まさか高校生あんたに手出すなんてッ!?」

「だ、だから違うんだってば!? たしかにお、押し倒しちゃったりはしたんだけど、でも別に変なことはなにもしてないし、されてないんだよ!」

「本当に!? 本っ当になにもしてないしされてない!?」

「うっ……し、してないよ! ……あと一歩でしそうになってたのはぼんやり覚えてるけど」

「今ぼそっとなんて言った!? あ、あと一歩のところまで、って……ぬ、脱がされはしたってこと!?」

「へ? 脱がされ……? ……。……ッ!?!? ちちち、違うよっ、『しそうになった』って意味じゃなくてっ!? というか私とお兄さんでどんな想像してるのさ、ひよりちゃんのえっち!?」

「だ、誰がよ!? あんたが自分で言ったんでしょ、『お兄さんとしそうになった』って!?」

「だ、だからそれは――! ……って、あ」


 言い合っているうちにどんどん声が大きくなっていた二人がふと気付くと、周囲の参拝客たちがこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話していることに気付く。そして「ちょっとやだー……」「お兄ちゃんとだってー……」と漏れ聞こえてくる声が、さらにとんでもない誤解を受けていることを教えてくれる。

 文字通りのさらし者状態にカーッと顔を赤くした真昼は、同じく恥ずかしそうに赤面するひよりの手を引いて即座にその場から離脱した。可能であれば「違うんです、なにもしてないんです!」「お兄さんも本当のお兄ちゃんってわけじゃないんです!」と弁明したかったが、まさか見ず知らずの大衆を相手にそんなことが出来るはずもない。


「な……なんかごめんね、ひま……」

「謝らないでっ、余計に恥ずかしくなるからあっ!?」


 ひよりに謝られるという地味に貴重な体験をしつつ、真昼は全力で境内から逃げ出すのであった。

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