第二六八食 旭日真昼と今後の関係①

 神社を出た真昼まひるとひよりは、逃げ込むように近くの公園へ足を向けた。半年ほど前、とある金髪ピアスの女子大生と初めて遭遇したあの公園だ。


「はい、コーヒー。甘いのと無糖、どっちがいい?」

「わ、ありがとう、ひよりちゃん! それじゃあ甘いの――い、いや、やっぱり無糖で!」

「あれ、珍しいね。てっきり甘いのに飛び付くかと思ったのに」

「え、えへへ……ちょっとね」


 基本的に好き嫌いを一切しない真昼だが、味覚は年齢相応にお子様なので無糖のコーヒーや高カカオチョコレートのような苦い食べ物はあまり得意ではない。それを知っている親友の少女は少し驚いた顔をしたものの、右手に持っていた温かい無糖コーヒーを手前に差し出した。

 座面が僅かに湿しめった木のベンチに並んで腰掛け、スチール缶のプルタブを引く二人。そして真昼は数秒躊躇ためらってから、ぐいっと景気良く中身をあおる。


「――ぷへあっ! に、にがぁ~っ!? ついでにあつっ!? の、喉が熱いっ!?」

「そんな勢い良く飲んだらそりゃそうなるわ」


 苦さと熱さの二重苦にあえぐ少女に馬鹿を見るような目を向け、ひよりはその隣で悠々と加糖のミルクコーヒーをすする。その後、真昼がうらやむような視線を飛ばしてくるのでため息混じりに缶を交換してやり、彼女が口内の苦味を甘味で上書きするのを待ってから呆れ顔で問うた。


「慣れないことしようとするからそうなるんでしょ。なに、どうかしたの?」

「え、えっと……その、ちょっと甘いものを控えてみようかなあ、なんて思ったりしてて……」

「は? なんで急にそんなこと……あ、もしかして体重増えたとか?」

「ぐはあっ!?」

「図星なのね……」


 相変わらず反応がとても分かりやすい。もっともひよりであれば、仮に真昼が多少上手く誤魔化ごまかそうとしたところですぐに見抜いてしまうだろうが。


「というか今更過ぎるでしょ。あんた中学の頃から好きなものを好きなだけ飲み食いしてたじゃない。そのわりに全然太らないけど」

「う、うん、私昔からどれだけ食べても体重変わらなかったから……」

「あんたとアキはそういうとこ、ほんと羨ましいわよね……雪穂ゆきほが聞いたらまたキャラ崩壊するわよ」

「あ、あはは……で、でも昨日の夜、ちょっと気になっちゃって久し振りに体重計に乗ってみたら……」

「増えてた、と。ちなみにどれくらい増えたの?」

「……」


 すると真昼は黙ったまま、ひよりにだけ見えるように右手の指を立ててみせた。別に周りで誰かが聞き耳を立てているわけでもないのだが、それでも言葉にしたがらないのは彼女も年頃の乙女だということだろうか。

 しかしひよりは立てられた指の本数を確認すると、「なんだ」と拍子抜けしたように言う。


「たったそれだけ? そんなの私たちの年齢トシなら増えたうちに入らないでしょ、まだ一応成長期なんだし」

「夏の健康診断からたった半年で、だよ!? 去年と比べたらもっと増えてるんだよ!?」

「あんたがとしたらお腹回りとか脚みたいな気になる部位トコじゃないと思うけど……」

「え? じゃあどこ?」

「……まあいいわ」


 一瞬真昼の胸元に視線を飛ばしたのち、それこそどこかの絶壁眼鏡少女の逆鱗げきりんれかねない話題をさっさと切り上げる。


「それよりこのタイミングで体重を気にし始めたってことは、やっぱり家森やもりさんと関係があるんでしょ? さっきの話の続きになるけど、昨日あの人となにがあったのか、いい加減に教えなさいよ」

「あ、う、うん。それじゃあ大晦日おおみそかの夜から順番に話すね――」


 それから真昼は忘年会が終わり、ひよりたちが帰ってからの出来事を順々に語り始めた。度々たびたび例の青年に関するどうでもいい惚気のろけが入ることにうんざりしつつ、最後――つまり昨日、ゆうから「好き」の二文字を引き出したところまで聞き終えたひよりは、中身を飲み干した缶をベンチのすみに置いてから「ふうん」と呟く。


「なんというか……あんた、そのお酒飲んで良かったわね」

「えっ……い、一番最初に出てくる感想がそれなの?」

「だってそれ飲んでなかったら家森さんの気持ちも聞き出せてなかったってことじゃない。もちろん、あんたとあの人が色々考えてたからこその結果なんだろうけどさ」

「うぐっ……い、言われてみればそうなのかな……あれ? ということは私、もしかしてすっごく卑怯ひきょうなことをしちゃったんじゃ……?」

「卑怯とまでは言わないんじゃない? まあ正攻法でもないだろうけど……いわゆる『お酒の力を借りた』ってやつ?」

「お、おお……なんかちょっとだけ格好いいかも」

「いや、少なくとも格好良くはないわよ」


 謎センスを発揮はっきする真昼に癖付いたため息を吐き出し、武闘派の親友は続ける。


「それで? そこからなんで体重の話になるわけ?」

「はっ、そ、そうだよ! 頭がふわふわしててあんまりよく覚えてないんだけど……私あの時、お兄さんの上に乗っちゃったんだよ!」

「別の意味に聞こえるからその言い方やめてくれない……? なに、要するにその時家森さんに『重い』とか思われたんじゃないかって気にしてるわけ?」

「だ、だって気になるでしょ!? ただでさえ去年より太ったんだよ私!?」

「元々軽いんだから、多少増えたところで変わらないでしょ……というかあんた、気にするとこズレてるわよ。今の話だと、体重そんなことよりもっと大事な部分が曖昧あいまいなままじゃない」

「え? な、なにが?」


 本気で分かっていない様子でまばたきを繰り返す親友に、ひよりは「あのねえ……」とひたいに手をやりながら言った。


「好き同士になれたのはいいんだけどさ――あんたと家森さんって結局今、どういう関係なわけ?」

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