第二五〇食 うたたねハイツと忘年会①


「ゆう、しっているか。わたしは、びいるしかのまない」

「知らないよ、そんなどうでもいい情報」


 うたたねハイツ二〇六号室の、決して広いとは言えないキッチンにて。缶ビールやジュースがこれでもかと詰め込まれた冷蔵庫を開きながら謎の宣告をしたイケメン女子大生こと青葉蒼生あおばあおいに、ゆうは半眼でない言葉を返した。彼女の視界から酒類の存在を消し去るべく扉を閉めてやると、「あぁん、ヒドイ~っ!」と似合いもしないのに可愛かわい子ぶった声が上がる。


「ねえ、まだ飲んじゃダメなの~? 私ここ一週間、ほとんどお酒飲めてないんだよぉ、早く飲みたい~」

「もうちょっと我慢しろよ、まだ鍋の支度したく済んでないんだろ?」

「野菜の下拵したごしらえとおつまみの用意は万全ばんぜんですけど」

「お前、酒が掛かってると急に手際てぎわ良くなるのなんなんだよ……真昼たちももうすぐ帰ってくるだろうし、乾杯かんぱいするまで待ってろって」

「うえぇ、そんなの生殺なまごろしじゃんか~……」


 嘆く友人に苦笑を向けてから、夕は部屋の用意を済ませにかかる。

 いつもは部屋のすみに寄せているだけの布団を収納棚に仕舞い、ハンガーラックに掛けっぱなしの服も衣装ケースの中へ。元々家具類がないに等しい部屋には綿わたの少ない座布団ざぶとんや隣室から一時提供されたクッションが並べられ、中央のローテーブルにはカセットコンロが二つ。さらにその上にはふたのついたやや小振こぶりの土鍋がででんと乗せられている。

 もちろん真冬の室内には高めの設定温度で暖房だんぼういており、かさをしていると少し汗ばむくらいだ。もっともこれは自分たちのためではなく、もうじき外から戻ってくる高校生たちのためだが。


「あ、そういえば千鶴ちづるちゃんってどうなったの? 返信来た?」

「……いや、まだ来てないな。既読きどくは付いてるんだけど」

「ぷぷーっ! やーい、夕ってばフラれてやんのー!」

「やっぱり『青葉も来るけど』って付け足したのは良くなかったか……」

「……え? もしかして千鶴ちゃんが来てくれないのって私のせいなの?」


 そんな会話をしている間に、時刻は夕方の六時を過ぎた。少女たちの帰りを心配する夕を蒼生が「お兄さんってば過保護なんだからぁ~っ!」とからかっていると、玄関の鍵が外から開けられる音が聞こえてくる。


「ただいまですー! お兄さん、き肉と追加のお野菜買ってきましたー!」

「お、噂をすれば帰ってきたね」


 靴を脱いで上がってくるのはコートやマフラー、手袋といった防寒具で武装した少女たち。ひよりを除く三名がスカート姿なのはいわゆる〝オシャレは我慢〟というヤツなのだろうかと考えつつ、夕は隣人の少女・旭日あさひ真昼まひるからエコバッグを受け取る。


「おかえり、みんな。ごめんな、こんな時間に買い物行かせて」

「ほんとですよ家森やもりさん! めちゃくちゃ寒かったんですから、そこに入ってるお菓子は家森さんのおごりですからねぐえっ!?」

「なに生意気ナマイキ言ってんのよ、馬鹿雪穂ゆきほ。すみません家森さん、気にしないでください」

「いいよいいよ小椿こつばきさん、こっちの手違いで行ってもらったんだからお菓子くらい……ってうおっ、お、思ったより凄い量だな」

「うわーんっ!? あ、蒼生さーんっ、ひよりがいじめてくるー!?」

「あはは、おーよしよし。じゃあお菓子代は私が出すよ。夕には場所ここを提供してもらってるわけだしね」


 泣き真似をしながら抱きついてくる同性の恋人を受け止めて格好を付ける蒼生。そんな彼女に「あ」と思い出したように補足ほそくするのは、この中で最もスカート丈の短いゆるふわ系の少女だ。


「お菓子入ってるのはその袋だけじゃないからねー。こっちの袋と、あとそっちの袋も全部お菓子だからー」

「え゛っ……もも、もちろん大丈夫だよっ!? い、一度『出す』って言ったんだから……ね、ねっ、ゆーくん!?」

「分かった分かった、半分は俺が出すから……それよりみんな、手洗いうがいしたら座って待っててくれるか? 急いで残りの準備済ませるから」

「あっ、私も手伝いますお兄さんっ! ふふーんっ、みんなに私が作った肉団子を食べさせてあげるよ!」

「えー、まひるんが作るのー? じゃー私はおにーさんが作ったやつ食ーべよっと」

「私も家森さんのでー。まひると挽き肉の組み合わせは黒焦げハンバーグのイメージしかないし」

「右に同じ」

「み、みんなひどいっ!? も、もうっ、絶対『おいしい』って言わせちゃうんだからね!? 行きましょう、お兄さんっ!」

「はいはい、分かったから引っ張るな引っ張るな」


 一気に騒がしさが三倍になった部屋を背景に、真昼に腕を引かれた夕がキッチンの前に立つ。そして揃いのエプロンを後ろ手できゅっと結び、「それじゃ、さっさと始めようか」と微笑んでみせた。

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