第二五一食 うたたねハイツと忘年会②

「――そうそう、ボウルに入れたき肉に微塵みじん切りにしたタマネギ、ニラ、ショウガ、味付けに塩と醤油しょうゆ、あ用の卵と片栗粉かたくりこ。あとはハンバーグと同じ要領でよーくねてから成型するだけ」

「はいっ!」

ゆうー? もう鍋、火つけてもいいー?」

「おー! あ、ちゃんと野菜入れてから着火しろよー?」

「はは、分かってるってー。私これでも居酒屋バイトなんだからさー……ってあれ? なんかこのカセットコンロ、上手く火がつかないな……夕ー、ちょっとこっち手伝ってー!」

「おにーさーん、私そろそろお腹ぺこぺこで死にそーう。お菓子開けて食べてもいーいー?」

家森やもりさーん、ジュース用の紙コップが一個足りないんですけどー」

「ぎゃあっ!? お、お兄さんごめんなさいっ、肉団子を丸めてたら一つ落としちゃいましたあっ!?」

「大忙しかよ」


 部屋から次々に飛んでくる騒がしい呼び声に、台所で真昼まひるの料理を見ていた夕は思わず真顔でツッコんでいた。青葉蒼生あおばあおいとJK組――というより亜紀あき雪穂ゆきほの悪ガキ二人――が揃った時点で、こうなることは分かりきっていたのかもしれないが……そこに真昼まひる不器用ドジも加わることで、うたたねハイツ二〇六号室は着々とカオスな状況になりつつある。

 さいわいだったのはこの部屋は上階のかど部屋であり、唯一隣接する二〇五号室のあるじもここに居るため、多少声を張る程度なら近隣住民に迷惑を掛けずに済むということか。もちろんあまり騒ぎすぎると二つ隣、三つ隣から苦情が来るかもしれないし、ドタバタ走り回ったりすれば当然階下の人に怒られるだろうが。

 というわけで、こんな年末にご近所トラブルでめたくなどない夕はため息混じりに部屋の方へ向かおうとして――しかしそこで、最後に残った救世主ひとりが声を発した。


「青葉さん。そのコンロ、ボンベがきちんとセットされてませんよ。ちょっと貸してもらえますか、私がやります」

「え、ほんと? 悪いね、ひよりちゃん」

「いえ。それと雪穂、紙コップなら私が家から持ってきてるから、かばんから出して好きに使っていいよ。必要そうなら、紙皿とばしも用意してあるから」

「いや準備良すぎでしょ。あんがとね、じゃあ使わせてもらおっと」

「アキ、もうすぐご飯なんだからお菓子は後にしなよ。口寂しいならジュースでも飲むとか……ほら、さっき買ってきたあめあげるから、これでも舐めときなさい」

「あははー、ひよりんってば関西のおばちゃんみたーい」

「誰が関西のおばちゃんよ」


「(す、すげえテキパキ動いとる……)」


 三馬鹿の世話をまとめてこなすひよりの姿を見て驚く夕。一切無駄のない動きを見せる彼女の横顔からは、常日頃から苦労人ポジションとして頭痛に悩まされている者特有の気配がただよっていた。面構つらがまえが違う。

 そしてそんな頼もしい少女は、部屋の入り口で思わず立ち尽くす青年に気付くと微笑を浮かべながら言った。


「家森さんは真昼ひまについててあげてください。こっちは私一人で十分ですから」

「え……あ、ああ。ありがとう、小椿こつばきさん」

「ううぅ……床に落としちゃった肉団子、こんなに美味しそうに出来たのに勿体なさすぎます……よし、ここは三秒ルールを適用して――」

「うん、ばっちいからやめような? そもそももう三〇秒はってるし」


 その後、お亡くなりになった肉団子の一つと涙のお別れを済ませた真昼と肉団子作りを再開し、JK組が追加で買ってきた野菜の仕込みを終え――午後七時前。

 ローテーブルを囲んで座った六人の目の前には、グツグツと食欲をそそる音と匂いを沸き立たせる鍋が鎮座ちんざましましていた。白菜ハクサイ、ネギ、椎茸しいたけ、ニンジン等の定番の具材、そして薄切りのロース肉、タラの切り身、牡蠣カキ、そして真昼お手製の肉団子といったメイン食材。それらがこの寒い冬の夜に一つ所で煮えている様は、日本人であれば例外なく心を揺り動かされると言っても決して過言ではないだろう。


「よーっしっ! 食器とお箸は行き渡ったかなー?」

「「「はーいっ!」」」

「それからお酒――は私だけか。えーっと、ジュースもちゃんと行き渡ってるかなー?」

「「「はーいっ!」」」

「好き嫌いなく、全部食べられるかなー?」

「「「はーいっ!」」」

「よろしい! それじゃあ皆、てーをーあーわーせーてーくーだーさいっ!」

「「「あーわーせーまーしーたっ!」」」


「……なんですか、小学校の給食みたいなノリ」

「さ、さあ……」


 ひよりと夕がついていけずに小声をわす中、蒼生および三名の女子高生たちはなんだか懐かしいフレーズと共にぱちんっ、と両手を合わせて言った。


「いーたーだーきーますっ!」

「「「いーたーだーきーますっ!」」」

「「……い、いただきます」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る