第二四九食 JK組と大晦日

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「――それでね、朝からお兄さんと二人でケーキ焼いて……ちょーっとだけ失敗しちゃったんだけど、でもすっごく美味しくてねっ! ひよりちゃんたちとのパーティーとかアルバイト先で食べたケーキと同じくらい美味しくって、私一人で半分くらい食べちゃったらお兄さんが『そんなに甘いものばっかり食べられるなんて、やっぱり真昼まひるも女の子だなあ』って言ってね! うえへへへぇ、女の子だって、女の子っ! きゃあっ!」

「うん、その話、クリスマス当日の夜からもう二〇回は聞いてるから……」

「あははー。まひるんってばよっぽど楽しかったんだねー、おにーさんとのクリスマスー」

「もうこれ言うのも飽きてきたけど、どんだけ〝お兄さん〟のこと好きなのよ、この子……」


 一二月三一日――大晦日おおみそか聖前夜イヴの朝にひよりの家でクリスマスパーティーをして以来、初めて全員で集まったJK組こと真昼、ひより、亜紀あき雪穂ゆきほの四人は、学校近くの商店街を連れたって歩いていた。

 あちらこちらにぴかぴかと電飾が輝いていた華々しい聖夜の残りは綺麗さっぱり消え去り、取って代わるように年末特有のせわしない空気が街路がいろを流れている。口が結ばれたレジ袋を自転車に山ほど積んだ歳末さいまつセールの帰りとおぼしき主婦、しきりに腕時計を確認しながら携帯電話で早口に何事かをまくし立てているビジネスマン、遅れて投函とうかんされた年賀はがきを回収してまわる郵便局の自動車。大人たちは皆早足で右往左往うおうさおうしていた。

 しかしどうやらそんな年末の空気も、年賀状世代でない現役高校生にはあまり関係がないらしい。手にしたエコバッグを揺らしながら一週間前の出来事を繰り返し話す真昼と、思い思いの表情を浮かべる友人たち。まさしくいつも通りの光景である。


「まったく……まひるってば惚気のろけるのも大概にしてよね。さっきからあんたしか喋ってないじゃんか。私だって蒼生あおいさんとのクリスマスデートの話したいんだけど」

雪穂あんたの話ももう一〇回は聞かされたから要らないわよ……」

「雪穂は蒼生さんとデートしたんだっけー?」

「ふふん、そうよ! 素敵な公園でお散歩デートして、お買い物して、プレゼント交換してー……夜は私の家でパーティー! どう、羨ましいでしょ!?」

「いや別に――」

「羨ましいでしょ!?」

「……そうだね」

「ひよりん諦めるのはやー」


 続けて惚気話を聞かされてうんざりしたようにため息をく苦労人の少女を見て、ゆるふわ系の友人がけらけら愉快ゆかいそうに笑う。恋愛話コイバナ慣れしている亜紀はともかく、武闘派のひよりにはこの手の話題は少々糖度が高かったようだ。そんな彼女のことをおもんぱかったのかどうか、今度は亜紀が「そういえばさー」と聞き手を引き継ぐ。


「雪穂は公園デートだったみたいだけどー、まひるんの方はお出掛けとかしなかったのー?」

「あ、うん。お兄さんは『折角だから映画でも観に行くか?』って誘ってくれたんだけど……私が『いいです』って言ったから」

「え、なんでさ? いいじゃん映画デート、家森やもりさんにしては気がいてるし」

「なんで断っちゃったのー?」

「だ、だって……お、お兄さんと二人きりで居たかったから……」


 もじ、と左右の人差し指を合わせながら恥ずかしそうに言う真昼。すると亜紀と雪穂の二人は一度顔を見合わせた後、揃って「ひゅう~っ!」と冷やかすように口笛を吹いた。


「よっ、流石まひるちゃんっ! 純だねえまったくこの子はっ! ねえアキさん!?」

「いやいや雪穂さん、クリスマスに『二人きりで居たい』は一周まわって卑猥ひわいですよー」

「!? な、なんでそうなるの!?」

「まひるん知らないのー? イヴの夜からクリスマス当日にかけての六時間のことを〝性の六時間〟って呼ぶんだよー」

「せぃっ……!?」

「どういうことかって言うとー、要するに一年の中でもその六時間が一番たくさんえっちあいだあッ!?」

「アキ、あんたことあるごとにひまに変なこと教えようとするのめなさい」


 ひよりの鉄拳制裁おしおきを受けた亜紀が路傍ろぼうに倒れ伏すという一幕がありつつ――ちなみにその話を最後に真昼は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった――、買い物帰りの少女たちは無事に目的地であるうたたねハイツに辿り着いた。というのも今日はこの後、ゆうの部屋でちょっとした忘年会が行われるのだ。


「私ら四人と蒼生さんと……あと千歳ちとせさんも来るんだっけ?」

「あ、うん。千鶴ちづるさんは『誘ったけど既読無視されてる』ってお兄さんが嘆いてたけど……」

「なにそれ悲しすぎない? えー、千歳さんにはバイトでお世話になったし、せっかくなら来てほしいけどなあ」

「そうだよね。うん、あとで私からも連絡してみるよ」

「ねーひよりーん、あとで一緒にコンビニアイス買いに行こー?」

「はあ? あんたね、欲しいものがあるなら先に言いなさいよ。今スーパーで買い物してきたばっかりなのに」

「あははー、だって今食べたくなっちゃったんだもーん」


 かしましい買い出し担当の少女たちが二階へ続く階段を上がる。

 その最奥さいおう、〝家森〟の表札ひょうさつが掛かった部屋からは、ドア越しでも食欲をそそる香りがただよってきていた。

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