第二四五食 家森夕とクリスマス②

「な……なんで真昼まひる千歳ちとせと一緒に帰ってくるんだ……?」


 状況が理解出来ないあまり思考を垂れ流しにしてしまう俺の前で、隣人の少女も同じように驚きの表情を浮かべている。


「お、お兄さんこそアルバイトは夕方までだったはずじゃ? こんな夜遅くにどこに行って……ハッ!?」

「……え?」


 突如、なにかに気付いてしまったような顔に変わった真昼に、俺は思わず今さっき買ってきたを背中に隠した。よくよく考えればなにも隠す必要まではなかったのだが……その仕草のせいもあってか、少女がいよいよ確信を得たりとばかりに指先を震わせながら言ってくる。


「ま、まさかお兄さん――く、クリスマスイヴだから、女の人とデートに行ってたんじゃ……!?」

「(全然的外まとはずれだった)」


 浮気を発見した彼女のようなその台詞セリフから、真昼が何一つ察せていないらしいことを理解して胸をで下ろす。そうだ、そういえばこの子、めちゃくちゃ鈍感なんだった。

 しかしそんな俺の心境など知るよしもないだろう少女は、じわっと涙がにじんだ瞳でこちらへ詰め寄ってくる。


「だ、誰とですか!? 誰とデートしてきたんですか、お兄さん!? 大学のお友だちですか!? それともアルバイト先の綺麗なお姉さんですか!?」

「お、落ち着け、そんなんじゃないから……というか俺にそんな相手なんかいるわけないだろ」


 自分で言って悲しくなったが、事実なのだからどうしようもない。ご存知の通り、大学でまともに話したことのある異性の知り合いなんて千歳こいつ青葉あいつくらいのもんだし、バイト先に至ってはパートタイマーのおばちゃん従業員しかいないと言っても過言ではないのだ。いて言えば青果せいかコーナー隣の花屋さんで働いているお姉さんは綺麗な人だが、残念ながらこれまでもこれからもお話しする機会は訪れないだろう。無論、自分からその機会を作りに行くこともあるまい。

「ほ、本当に本当ですか!?」と重ねて問うてくる真昼に「本当に本当に本当」と返してから、俺は彼女の後方へ目をやって先の疑問を繰り返した。


「真昼の方こそ、なんで千歳と一緒に帰ってきたんだよ? まさかあいつまで小椿こつばきさんちのパーティーに参加してた……なんてことあるわけないよな?」

「ヴぇっ!? あっ、いや、えっと……!?」


 途端、挙動不審にわたわたと手を振り回し始める真昼。そしてその様子を見て、俺は即座に「ははーん、これはなにか隠し事をしているな?」と鋭く察する。嘘をくのが絶望的に苦手なこの子は、同じようにも苦手なのだ。

 しかし俺が「真昼サンや、なにを隠しているのか正直に言ってごらん?」とにこやかに追い詰めるよりも一瞬早く、少女の後ろから女の声が飛んでくる。


「たまたまそこで会ったから送ってやったってだけだ。なァ、真昼?」

「は、はひっ! その通りでございますっ!?」

「嘘くさっ! い、いやいや、いくらなんでもそれは無理があるだろ。そもそも帰る足がないなら俺に連絡するって約束してたんだし――」

「うるせェな、そうだっつってンだろ。こまけェことグチグチ言ってんじゃねェ、ぶっ飛ばすぞ」

「り、理不尽すぎる……」


 ごく当たり前の追及をしただけなのにどうしてぶっ飛ばされなくてはならないのか。ま、まあたしかに本人たちがそうだと言うならこれ以上掘り下げる必要はないのかもしれないが……しかし真昼が〝気をつけ〟の姿勢でカチコチと背筋せすじを伸ばしていることからして、彼女らがなにかを隠しているのはほぼ確実である。……。


「ま、まさかとは思うけど真昼……千歳からカツアゲとかされてないよな……?」

「!?」

「テメェマジでぶっ飛ばすぞ!? いったいオレをなんだと思ってやがンだ!?」

「ご、ごめんごめんごめん!? い、いや、お前がそんなことする奴じゃないってことは知ってるけど、でもなんか明らかにあやしいなと思って!?」

「だからってなんでよりによってカツアゲなんだっつってンだ!」

「ち、違うんですお兄さんっ! 私この二日間、千鶴ちづるさんには本当にお世話になって――!」


 おそらくは自分のせいで千歳が疑われることが耐えられなかったのだろう。俺と千歳の間に割って入った心優しい少女は、今度こそ正直に口を割ってくれた。

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