第二三九食 クリスマスイヴと男たち②

「よ、よう旭日あさひ。なんだ、その……今日は変わった格好してんな?」


 硬直する俺の代わりにリョウがそうたずねると、謎の衣装に身を包んだ旭日は「あ、これー?」と少し照れ臭そうに笑う。


「実は昨日と今日の二日だけ、このケーキ屋さんでバイトしてるんだー。これはここの制服」

「あー、そういうことだったのか」

「(そういうことか……)」


 旭日が立っていたのは商店街の通りから一つ角を曲がったところにあるケーキ屋の前だ。見れば店舗の自動ドアを塞がない位置に折り畳み式の四つ足テーブルが置かれており、洒落しゃれたテーブルクロスの上にいくつかの箱が積み重ねられている。予想するに、クリスマスケーキの当日販売のアルバイトなのだろう。


「まひるー? 店長さんが『外寒かったらこれ着ていいからねぇん』だってさー」


 するとちょうどそのタイミングで店の中から分厚いコートを抱えた女が現れた。旭日と同じく、俺とリョウの知己ちきであるその眼鏡女は――


「ふ、冬島ふゆしま!」

「あん? あれ、ユズルとリョウじゃん。なにしてんのあんたら……ははぁーん、さてはクリスマスを一緒に過ごしてくれる女の子が居ないから男同士で寂しくなぐさめあってんのね? ぷぷぷー、おかわいそうですことー!」

「認識から二秒で煽ってくるんじゃない」


 なまじ半分ほど図星を突かれているため、強く反論出来ないあたりが余計に腹立たしい。

 俺にとっては犬猿の仲であるこの女もまた旭日と同じ格好をしていることから、同じアルバイトに従事しているらしいことがうかがえる。もっとも、たとえ同じ衣装に身を包んだところで旭日と冬島では雲泥うんでい月鼈げつべつ、天地霄壌しょうじょうほどもの差があることは語るまでもない話だ。


「フッ」

「……なに私とまひるを見比べて鼻で笑ってんのよあんた」

「いや? 貴様も大変な道をくものだと感心してな……すぐ隣に自分より優れた――もとい者がいるというのはさぞ苦痛ではないか? 貴様と旭日では引ける客の数に残酷なまでの格差が生まれてしまいそうだ」

「ど、どういう意味よそれ!?」

「そのままの意味だが?」

「ムキィーーーッ!? えぇえぇ、そりゃまひるの方が可愛いでしょうともよ! でもだからって部外者のあんたから偉そうにとやかく言われる筋合すじあいなんてないっての、このサミシマス野郎!」

「さ、サミシマス野郎!? サミシマスとはなんだ、まさか〝寂しいクリスマス〟の略語じゃないだろうな!? 俺のクリスマスは寂しくなんかない!」

「いや、十分寂しいと思うけどな、俺たち……」

「お、落ち着いて雪穂ゆきほちゃん、今お仕事中だから……」


 教室にいる時と変わらない調子で言い争う俺と冬島を見てリョウが「また始まった」とばかりに嘆息し、旭日はおろおろと行き場のない手をくうわせる。しかしそんな俺たちの喧嘩は、眼鏡女の後方から勢いよく飛んできた手刀しゅとう――否、脳天チョップによってあっさりと中断させられた。「ほげっ!?」という女っ気の欠片かけらもない悲鳴が、冬島の口から上がる。


「テメェら、なに騒いでやがる。ここは学校じゃねェぞ、この馬鹿野郎ども」

「ヒエッ!?」


 現れたのはさながら殺戮者さつりくしゃのごとき眼光がんこうを飛ばす、目付きが悪い金髪ピアスの女。もしも夜道で出会えば通報のかまえをとらずにはいられないであろう悪人面あくにんづらの下に旭日と同じ、可愛らしいケーキ屋の衣装をまとっているのはなにかの冗談だろうか。

 冬島が先の一撃によって沈み、ギロッと睨まれた俺とリョウが身体を強張こわばらせる中、その間に入ってくれたのはやはりと言うべきか旭日だった。


「ご、ごめんなさい千鶴ちづるさん! こ、この二人は学校のお友だちで、雪穂ちゃんもついはしゃいじゃっただけっていうか……!」

「あン? ……そういやァ見たことあるようなねェような……まァいい。なんにせよ仕事中に店の前で騒ぐんじゃねェ。給料貰ってる以上は遊びじゃねェンだ、友だちだろうが客として接しろ」


 だったらその客を相手に睨みをきかせていた貴女あなたはなんなのだと言いたくなったが……片手で冬島の首根っこを掴んでいるさまがあまりにも恐ろしかったので口にはしないでおく。というかよく見ればこの女、たしか文化祭の時にあの忌々いまいましい男と一緒に来ていた大学生じゃないか? 当時は旭日の母親の印象が強すぎてあまり意識していなかったが……。


真昼まひるもだ。いくら雪穂が友だちでも駄目なモンは駄目だって言ってやれ。お前が優しいのは知ってるが、だからって甘やかしゃいいってことにはならねェぞ」

「は、はい、ごめんなさい……」

「……い、いや、そんな悄気しょげンなよ、別にお前は悪くねェし……お、オレも言い方がキツすぎたな、すまん」


 叱られてしょんぼりと肩を落とす旭日に対し、あからさまに動揺をあらわにする女。どうやらこの不良女も、旭日に対しては強く出られないらしい。……なんとなく、同じクラスの武闘派ぶとうは女の姿が重なって見えた気がした。

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