第二三八食 クリスマスイヴと男たち①


 最近になって、ようやく気付いたことがある。


 俺は彼女――旭日真昼あさひまひるに恋をしている。


 初めは、これは恋心ではないのだと思っていた。俺の知る限り、彼女の周りにいる人間は皆彼女のことが好きだったから。時に春の陽光ようこうのように優しく、時に夏の陽射ひざしのようにまぶしく。ころころと表情を変えて笑う彼女のことを誰もが可愛がり、そしていていたから。だから俺も、そんな周囲の人間の一人に過ぎないのだろうと思っていたんだ。


 だが――気付いた。気付いてしまった。俺が彼女に対していだく好意は他の何者よりも強く、そして真摯しんしな気持ちであることに。

 そうだ、俺が彼女を想う気持ちは〝本物〟なのだ。俺以上に彼女のことを想っている男などいるはずがない。そしてそれはつまるところ、俺以上に彼女を愛せる――幸せに出来る男はいないということではないだろうか。


 繰り返そう。俺は旭日真昼のことが好きだ。

 個性的やっかいな友人たちに囲まれて花のように笑っている姿も、食事の時間に手作りだという弁当をいやしい眼鏡女に分けてやる慈悲深さも、窓の外を眺めている時に教師に当てられて慌てている可愛らしい様子も、帰りぎわに下駄箱で運良くすれ違って「また明日ー!」と言ってくれるところも、それから――


「なあ、自分の世界にひたってるとこ悪いんだけどさ……そろそろクリスマスに男二人でぶらついてる悲しい現実を直視してくれないか、ユズル?」

「……」


 自分で染めているせいでいつもどこかくすんだ色味になってしまうらしい金髪の友人にそう言われ、俺――湯前ゆのまえゆずるはフレーム越しの世界を見回した。

 場所は学校からそう遠くない位置にある少し大きな商店街。普段以上の活気でにぎわい、昼間だというのにピカピカと目障めざわりな電飾がちらつく通りを、たくさんの人間たち――家族連れや老夫婦、若いカップルたちが楽しげに歩いている。

 言われるがままに現実を直視した俺は、これでもかと言うほど密着して腕を組む同年代の男女が脇を抜けていったのを背中で見送りつつ、呟いた。


「どうせいつの日か核戦争が起こるなら、今ここで起きればいいのに」

「なにこええこと言ってんだお前!?」


 ぎょっとしたように声を上げた友人・南田涼みなみだりょうは、ガリガリと後頭部をいてから「あのなあ」と続ける。


「なにが『最近になって気付いたことがある』だよ、中坊の頃から旭日のこと好きだったくせに」

「なっ……!? なぜそれを知っているんだ、リョウ……!?」

「なんで本気ガチで驚いてんだよ、いつも言ってるけどお前あの頃からバレバレだったからな? お前が旭日好きなことに気付いてないのなんて旭日ほんにんだけだよ」

「なん、だと……? で、ではなぜ旭日本人は気付かないんだ……!?」

「いや、それは旭日あいつが超鈍感だからだろうけどさ」


 リョウは「まあそれはお前に限った話じゃなさそうだけどな」と言って、先ほど立ち寄ったファーストフード店で購入した飲み残しをずるずるすする。……冬場だというのによくそんな氷だらけのドリンクを飲めるものだ。


「つーか、そんな現実逃避するくらいならやっぱダメ元で誘ってみればよかったんじゃねえか? クリスマスデートとか」

「ぐ……し、仕方ないだろうが、旭日は小椿こつばきたちとパーティーをすると言っていたんだぞ」

「それってたしか今日だろ? だったら当日はいてるんじゃ――あ……」

「おいリョウ、お前今なにを察した?」


 途端に申し訳なさそうな表情かおをした友人に詰め寄ると、彼は「い、いや……ごめんな」と謝罪してくる。


「そうだよな、当日はあの人――家森ヤモリさん、だっけ? と過ごすに決まってるよな……なんせ旭日の好きな人だし」

「ぐはあっ!?」

「あれから結構ったけど、あれからどうなったんだろうな。試験前こないだもなんかあの人関連でめちゃくちゃ落ち込んでたけど、別にフラれたとかってわけでもなかったらしいし……文化祭の時は抱きついてたし、もうキスくらいはしててもおかしくないかも――」

「やめろ、それ以上言うんじゃないっ!?」


 俺が耳をふさぎながら叫ぶと、リョウは「わ、悪い、つい……」と罰が悪そうな顔で重ねて謝った。


「お前の前でする話じゃなかったよな、ごめん……でも実際、当日を空けてるのはあの人のためなんじゃないか?」

「そ、そうとも限らんだろう……ほら、たとえば冬島ふゆしまが当日、例の恋人と過ごすために日程を調整したという可能性だってあるだろう」

「あー、たしかにそれはあるかもな。それに話を聞いた限り旭日ってまだ片想いらしいし、本人がどうあれ家森ヤモリさんの方が予定空けてくれる保証はないか」

「なんだとっ!? あの男、旭日以上に優先すべき事柄があるとでも言うのか!? おのれ、そんな半端な気持ちで旭日から好かれやがって……許すまじッ!」

「お、落ち着けって、ただの想像の話だから」


 激情を爆発させる俺と、そんな俺をどうどうとなだめるリョウ。周囲の人間が何事だろうと視線を向けてくるのを感じながらも、抑えきれない怒りに身を焦がしていると。


「あれ? リョウくんと……ユズルくん?」


 そんな声が横合いから聞こえてきたような気がした。「え?」と二人声を揃えて振り向くと、そこに立っていたのは太陽のような笑顔を咲かせる一人の少女――すなわち旭日真昼。


「こんなところで会うなんて偶然だねー! 今日は二人でお出掛け?」


 そうたずねてきてくれる想い人に対し、俺は喉が固まってしまったかのように言葉を返すことが出来なかった。なぜなら目の前にいる旭日は学校の制服姿でもなければ私服姿でもなく――どこかメイドを思わせる可愛らしい衣装に身を包んでいたから。

 脳がショートを起こした俺に、旭日がきょとんと首を傾けたような気がした。

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