第二二三食 旭日真昼とプレゼント①


「うぅぅむぅぅ……」


 吐き出す息もすっかり白くなった一二月のある日。歌種うたたね高校一年一組の教室で、真昼は難しい顔を浮かべたまま首を三〇度も傾けていた。まるで似合わない腕組みポーズと、普段の彼女であれば絶対に発しないようなうなり声を上げるその様子に、周囲のクラスメイト――主に真昼に気がある男子生徒たち――が何事だろうと視線を送る。


「……さっきからなにウンウン唸ってるのよ、真昼ひま

「あ、ひよりちゃん」


 さりげなく話をするチャンスだろうかとソワソワしている男子たちをギロッと視線で牽制けんせいし、最初に声を掛けたのは親友の小椿こつばきひよりだった。休み時間が始まってしばらくは興味なさげに携帯を弄っていたのだが、もう五分はこの調子の真昼を見て仕方なくたずねてきた、といった雰囲気である。


「それ、なにかの雑誌?」

「うん。今朝亜紀あきちゃんがもう読まないからってくれたんだけど――」

「おっ? まひる、それ漫画? 私にも貸してよ」

「あ」


 真昼とひよりが机の上に広げられていた一冊の雑誌について話をしていたところで、それが横合いからさっと引き抜かれた。

 犯人は友人の眼鏡少女こと冬島雪穂ふゆしまゆきほ。漫画やアニメなどに関する造詣ぞうけいが深い彼女はルンルンパラパラと雑誌のページめくっていき……そしてすぐにガッカリしたように肩を落とす。


「なにこれ、漫画じゃなくてファッション誌じゃん。はー、つまんねー……」

「許可なく横取りしといてなに文句言ってんのよ、あんたは」

「あぐぇっ!?」


 バサッと無造作むぞうさに雑誌を机に放った雪穂の横腹に、武闘派少女の鍛え上げられた手刀が炸裂さくれつ。「ぬぐおぉっ……!」と打たれたところを押さえてうずくまあわれな友人を無視し、ひよりは机に片肘をついた。


真昼あんたがファッション誌を読むなんて珍しいんじゃない? なに、家森やもりさんに『服がダサい』とか言われたの?」

「い、言われてないよっ! お兄さんがそんなこと言うわけないでしょ!?」

「冗談だって。そうだよね、あの人そういうこと言わなそうだし――」

「お兄さんの場合、私が頑張ってお洒落しゃれしたからって気付くかどうかも微妙だよ!」

「そっち!? あ、あんた、相変わらずイマイチむくわれない恋してるわね……」

「ふっ。あの鈍感さを〝味がある〟と思えるくらいにならないと、お兄さんを落とすことなんて到底とうてい出来ないんだよ。分かる? ひよりちゃん」

「分かんないし、なんであんたがちょっと得意げなのかも分かんない」


 冬服で着痩きやせした胸をむふんと張る真昼に半眼で応じ、ひよりがくだんのファッション誌に手を伸ばす。


「〝気になるカレに贈るクリスマスプレゼント特集〟……? ああそっか、もうそんな時期か」

「うん、早いよねえ。去年はみんなでクリスマス会したけど、あれももう一年前になっちゃうんだ」


 亜紀の家ですき焼きパーティーをしたことを思い出し、真昼が懐かしむように瞳を細めた。「闇鍋やみなべにしよー」と言い出したゆるふわ系少女が鍋の中へミルクチョコレートを投入しようとして必死に止めたことは記憶に新しい。……そういえばあの時の亜紀も、今の雪穂と同じような末路を辿っていたような気がする。


「……で、あんたにはもう家森さんがいるから、今年は私たちなんかとパーティーをするつもりはない、と」

「そっ、そんなことないよ!? ほ、ほら、クリスマスって二日あるんだし、本番の一日さえけてもらえるなら――と、ところでひよりちゃん、クリスマスとクリスマスイヴってどっちが本番なのかな……?」

「知らないわよ」


 わたわたと慌てる親友になく返し、ひよりは雑誌のページに目を走らせた。手袋やマフラー、揃いのマグカップにハンカチといった定番のプレゼントから、似顔絵や図書カードのような変わり種まで、年に一度の聖夜に向けた贈り物がずらりと列挙れっきょされている。


「ふーん……要するに、家森さんへのクリスマスプレゼントで悩んでたんだ?」

「あ、うん。でもあんまり『コレ!』っていうのが見つからなくって……ねえひよりちゃん、お兄さんはなにを貰ったら一番喜ぶと思う?」

「なんで私に聞くのよ……あんたに分かんないなら私に分かるわけないでしょ」

「だ、だってぇ……お兄さんって趣味とかないし、服とか小物の好みも私とは全然違うみたいだし……」

「あんたの奇抜きばつなセンスと合致する人の方が稀有けうでしょうよ……」


 少女のかばんについている吐瀉物ゲロ――もとい〝微塵みじん切りにされたタマネギの妖精〟のストラップを見下ろしたひよりの呟きをかたわらに、真昼は頬に手を当てて溜め息をく。


「お兄さん、なにか欲しいものとかないのかなあ」

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