第二二四食 旭日真昼とプレゼント②

「どうー、まひるん? おにーさんにあげるプレゼント、どうするか決まったー?」

「んあー、亜紀あきぢゃあん……」


 後ろから聞こえてきたその呼び掛けに、いろいろ考えすぎて熱が出そうになっていた真昼まひるが背中ごと頭をらし、さかさまの視界の中に声のぬしの姿をとらえる。

 そこに立っていたのは間延まのびした口調とゆるふわな雰囲気が特徴的な少女・赤羽あかばね亜紀あきだ。彼女は見るからにぐったりしている真昼に「聞くまでもなかったかー」と笑いながら続け、そしてひよりの机の上にひょいっと腰掛ける。……武闘派少女が嫌そうに顔をしかめたことは言うまでもない。


「……なによアキ、ひまがプレゼントのことで悩んでるって知ってたの?」

「んー? んー、こないだ話してた時にたまたまクリスマスの話になってさー。それで『おにーさんになにかあげるの?』って聞いたらなんにも決めてないみたいだったからー、『じゃあ先週買った雑誌貸したげる』ってねー。まー正直、雑誌そういうのってるプレゼントって大概ビミョーなんだけどー」

「うぇっ!? そ、そうなの!?」

「じゃあなんで貸したのよ……」

「あははー、参考くらいにはなるかなって思ってー」


 悪びれもせずにケラケラ笑う亜紀に対し、真昼が「亜紀ちゃんったら……」と頬を膨らませるのはもはやお馴染みの光景だった。ついでにその二人の間で、ひよりがすっかり癖付いた溜め息を吐き出しているのも。

 するとそこで、ようやく脇腹の痛みから復帰したらしい雪穂ゆきほが、両手の指先で眼鏡の位置を直しながら言った。


「というかまひる、そんな急いでプレゼント決めなくても良くない? クリスマスまでまだ三週間くらいあるじゃんか」

「それはそうなんだけど……でもなんというか、一度考え始めたらどうしても気になっちゃって……」

「その気持ちは分からんでもないけどさあ」

「そういうアキはー? 蒼生あおいさんになにかあげたりしないのー?」

「ええ!? やっぱ気になる!? 気になっちゃいますぅ!? 私が蒼生さんに贈るプ・レ・ゼ・ン・トッ!」


 同性の恋人の名が出た途端、急激にハイテンションになって表情を輝かせる雪穂。そして「うわ、薮蛇やぶへびった……」と真顔&真声まごえでぼやく亜紀にも構わず、得意げに絶壁むねを張りながら早口で語り始める。


「私はやっぱお揃いのアクセサリーね! これまでのデートでもう何個か買っちゃったけど、でも初めてのクリスマスなんだしなにか形に残る思い出が欲しいもん! ピアスとかイヤリングでもいいんだけど、せっかくだからここはネックレス――いや、いっそ記念日入りのペンダントとかにしちゃおうかしら!? あ、でもそういうのって高そうだし時間も掛かりそうだよね……というかそんなこと言い出したら私のお小遣いじゃ良いプレゼントなんて買えるわけないし、そもそも大事なプレゼントをお小遣いで買うってどうなんだろ……。……よし、クリスマスまでバイトするか――」

「そんな雪穂のプレゼント事情はどうでもいいとしてー」


 よく分からないところに着地した眼鏡少女を丸々無視スルーし、ゆるふわ系少女が真昼の方へ向き直った。


「まひるんはどうするのー? まーさっき雪穂が言ってた通り、別に今すぐ決めなきゃってわけじゃないかもだけどー」

「たしかにね。雑誌これ以外にもクリスマス用のカタログとかネット通販の特集とかいくらでもあるんだし、そういうの見ながらゆっくり決めればいいんじゃない?」

「そ、そうだね、うん……」


 ひよりの言葉を聞いて頷いた真昼に、亜紀がなにかいいアイデアでも浮かんだかのように「あ、でもさー」と声を発する。


「今からなら時間もあるし、手編てあみのマフラーとかもいいんじゃないー? プレゼントの定番だしさー」

「一昔前の定番でしょ。特別な日に手編みのプレゼントとかちょっと重いし……それに編み物が上手い人が作るならまだしも、素人しろうとが作ったボロボロのマフラーを巻かなきゃいけない相手の身にもなりなよ。特にひまはただでさえ超不器用なんだから、大人しく既製品きせいひんを買った方が身のためでしょ」

「ひ、ひどいよひよりちゃん……」

「流石ひよりん、普通の人がなかなか口に出来なそうなことをハッキリ言うよねー。プレゼントに実用性とか求めちゃうとこもそうだけどさー」

「使い道のない物を贈るよりはマシでしょ。一〇〇本の薔薇バラ生花せいかと新しい竹刀しない、どっちを貰ったら嬉しいかって話よ」

「わー、びっくりするくらいどっちも要らなーい」


 真面目な顔で特殊なたとえを出す剣道家の少女と、半笑いで返す亜紀。しかし二人の会話を聞いた真昼は「たしかに……」と思考を巡らせた。


「せっかく贈るなら長く使えそうな物を贈りたいかも……でもそうなると、マフラーとか手袋はどうなんだろ……?」

「まー、防寒具じゃ冬の間しか使えないもんねー」

「家森さんってバイク乗ってるんでしょ? ならそっち系のプレゼントにしたら?」

「えー、いくら実用的だからってクリスマスに女の子からそんなの貰って嬉しいー?」

「う、うん、ちょっと可愛くないかも……」


 その後も、自分の世界から戻ってきた雪穂をまじえた四人で散々案を出し合ったものの――結局これといった答えには辿り着けず。

 途方に暮れた真昼は、残りの授業時間もうわの空状態のまま過ごすことになってしまったのであった。

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