第二一五食 ランチボックスと少女の想い②


「ははっ、それで昨日は急に『雪穂ゆきほちゃんたちと夜ご飯食べてきます!』なんて言い出したのか」

「す、すみません、お兄さん……」


 翌朝、事情を聞いたゆうがカラカラと笑ったのを見て、真昼まひるは少しだけ申し訳なさそうに肩を縮こまらせていた。昨日は結局雪穂の家で試作大会が開催されてしまい、いつものように彼と夕食をることが出来なかったためだ。


「いやいや、そんなの全然気にしなくていいよ。というか前から言ってるけど、普段からもっと小椿こつばきさんたちと遊んできてくれていいんだぞ? 俺一人の飯なんかどうとでもなるんだし、気なんかつかわないでくれよ」

「うっ……そ、そんなハッキリ『どうとでもなる』って言われちゃうと、それはそれでちょっとショックです……」

「めんどくさっ」


 じゃあなんて言えば満足するんだよ、と青年がもう一度同じように笑うのを見て、真昼は顔を赤くしながら小さくうなる。そして視線を落とした先、台所のごみ箱の中にカップ麺の容器が入っているのを見て、ぷくっと頬を膨らませた。


「……私の食生活ごはんには厳しいのに、お兄さんだって一人になったらこういうのばっかり食べちゃうんですから……」

「ん? どうかしたか、真昼?」

「なんでもないですっ! 今ちょっとだけ怒ってますっ!」

「どっちなんだよ」


 真昼じぶんが居なかったからだと分かってはいるが、それでも彼が一人で即席麺こんなものを食べている姿を想像するとなんとなくヤキモキしてしまう。

 夕は自分のことになると途端に面倒くさがりになるふしがあり、大学の授業が午前終わりの日などは露骨に手抜きな食事を摂っていたりするのだ。なんなら目につかないところで一食くらい抜いていたとしてもおかしくはない。

 コンビニ弁当のき容器を積み重ねる日々を送っていた真昼じぶんが言うのもなんだが……しかし少しくらいは自身のこともかえりみてほしい、と少女は味噌汁の鍋をぐるぐるかき混ぜながら思う。


「でもアレだな、冬島ふゆしまさんも可愛いとこあるんだな。きとはいえ、青葉あおばに渡す弁当は自分の力で作りたい、なんてさ」

「む……わ、私だってお兄さんに渡すお弁当は私の力だけで……」

「いや、なんでちょっと張り合ってるんだよ。それで? 冬島さんは上手く弁当作れそうだって?」

「あ、はい。今朝早起きして作って、もう完成してるみたいですよ。『ばっちし自信作!』って言ってました」

「ははっ、そりゃ頼もしいな。あの子、たまに自信過剰そうなとこがあるから若干心配でもあるけど」

「ふふ、今回は大丈夫ですよ。なんといっても昨日、私たちがしっかり丁寧に教えたんですから!」

「あの不器用女子高生が、今や誰かに料理を教えられるようになっただなんて……感慨無量かんがいむりょうだなあ」

「ふっふーん! ……は、半分くらいはひよりちゃんのおかげでしたけど……」

「駄目じゃねえか」


 得意げに胸を張ったかと思えば、すぐに背中を丸くして人差し指を突っつき合わせる真昼に半眼でツッコミを入れてくる夕。そして相変わらず嘘が吐けない少女が情けない声で「だ、だってえ……!」と言うのを聞いて、プッと小さく吹き出した。


「じゃあ冬島さんは今頃、青葉に弁当渡しに行ってるのか?」

「あ、いえ、そのことなんですけど……実は雪穂ちゃん、お兄さんから青葉さんに渡してもらえないかって頼んできてるんです」

「は、はあ? な、なんでそうなるんだよ?」

「な、なんか『美味しく出来た自信はあるけど、蒼生あおいさんが美味しいと言ってくれる自信はない』らしくて……」

「ええ……?」


 真昼と雪穂のメッセージ履歴画面を見せられて困惑する青年。


「いや、まあ気持ちは分からんでもないけど……でもそういうのって自分で渡すから意味があるんじゃないか? 第三者おれ経由で渡してどうするんだよ」

「私もそう言ったんですけど……『私は弁当これが美味しいかどうかを判断してほしいだけだから、最悪家森やもりさんが作ったってことにしてくれてもいい』だそうです」

「『してくれてもいい』じゃないよ、俺が嫌だわそんなん。なにをどう血迷ったら俺が青葉あいつに前触れもなく弁当を手渡すシチュエーションが生まれるんだ」

「『蒼生さんならドン引きしつつも食べてくれると思う』とも書いてあります」

「『そっか、なら安心だ』って言うとでも?」


 しかし、文面からにじみ出ている〝不安感〟を読み取ってしまったのか、青年が「ううむ……」とけわしい表情でうめく。真昼の方も、行動力に溢れて見えるあの眼鏡少女が意外なところで怖がりなことを知っているだけに、「絶対自分で渡した方がいい!」とは言えなかった。


「……分かった」


 やがて、青年が一つ頷く。


「真昼、たしか冬島さんってそこそこ近所に住んでたよな?」

「え? あ、はい。学校を挟んだ向こう側なので通学路とかは違いますけど、歩いて二〇分くらいのところに……」

「じゃあそうだな……八時くらいにこっちに来てくれるように連絡してもらえるか? それならたぶんから」

「間に合う……って?」


 真昼が不思議そうに首を傾けると、夕は悪戯いたずらを思いついた少年のように悪い笑みを浮かべてみせた。


「渡しに行くのが怖いなら、受け取らせればいいのさ」

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