第一二四食 ランチボックスと少女の想い①

「というわけでまひる。この私に料理を教えてくれたまえ」

「さっそく他力本願なんだけど……」

「あ、あはは……」


 放課後になり、生徒のほとんどがいなくなった一年一組の教室にて。

 とある眼鏡男子との言葉の売買ばいばいの果て、恋人に手製の弁当を渡すことになってしまった雪穂ゆきほが堂々と頭を下げてくるのを見て、ひよりがハァとすっかり癖付いているため息を一つ吐き出した。そんな親友の隣で、真昼まひるもまたいつも通り曖昧あいまいに笑う。


「しょうがないじゃん、私料理とか出来ないし」

「なに開き直ってるのよ……そんな急に言われたら真昼ひまだって困るでしょ」

「わ、私は別に大丈夫だけど……でも明日までに上手に作れるように教えられる自信はないかも……」

「ああ、大丈夫大丈夫。まひるに教えてほしいのは初心者へたっぴでも美味しい料理を作るためのコツとかだから。超不器用なまひるでも茶弁当あれくらいなら作れるわけだし、だったら私にも作れるっしょ」

「なんか私すっごく見下されてない!? い、いくら私に出来たからって、雪穂ちゃんにも出来るってことにはならないんだからね!?」

「ワタシ〝3〟、マヒル〝2〟、証明完了Q.E.D.

「家庭科の成績を根拠にするのやめてっ!?」


 どうやら弁当作りを甘く見ているらしい雪穂に、真昼が腕をぶんぶん振りながらわめく。するとそこで、真昼の机の上に行儀悪く座っている亜紀あきが「でもさー」と口を挟んだ。


「好きな人に渡すお弁当って美味しいだけじゃダメだよねー」

「? どういう意味よ?」

「その前にアキ、あんたそこで足組むのやめなよ。下着見えてるから」

「別にいいじゃん、男子がいるわけでもないんだしー」

「そういう問題じゃないでしょ……」


 はしたないわね、というひよりの言葉を聞き流し、男子人気一位のゆるふわ系少女は続ける。


「すごく極端なこと言うけどー、たとえば彼女からもらったお弁当が〝ご飯の上に梅干し一つ〟とかだったらどう思うー?」

「はあ? なによそれ……普通にドン引きするけど」

「だよねー。じゃあ今日のまひるんのお弁当みたいにお肉も野菜もちゃんと入ってるけど、全体的に茶色なお弁当だったらどうー?」

「ま、また茶色って……!」

「アレを好きな人に渡すのなんてまひるくらいでしょ」

「雪穂ちゃんもひどいっ!?」


 またしても涙目になって落ち込む真昼の頭を〝母親〟の少女がぽんぽんと撫でる中、雪穂が「ふむ」と口元に拳を当てがう。


「要するにただ美味しいだけじゃなくて、見た目もお洒落に仕上げなきゃいけないってことか……」

「そうそうー。まひるんがお昼の時に言ってた『お弁当の練習』っていうのも、そういう意味だったんじゃないのー?」

「う、うん、そうだね。私の場合はお洒落じゃなくてもいいから、一つ一つのお料理を上手に仕上げたり、お弁当箱の中で崩れたりしないようにしたいってことだったんだけど……」

「ああ、言われてみれば今日のひまのお弁当、全然寄り弁してなかったね」

「一応、詰め方のコツとか調べて作ったからね。でもそれだけじゃダメだったのかなあ……」

「まひるんの場合、いろどりさえそれっぽく出来ればほぼ完璧になるんじゃないのー?」

「おお! じゃあお洒落に見える簡単な料理を考えて、まひるの言う通りに詰めればそれっぽいお弁当が完成するってことじゃん!」

「え、ええっ?」

「ちょっと安直すぎない……?」

「まーまーひよりん、こういうのは難しく考えない方がいいんだってー。時間もないわけだしねー」


 亜紀の言う通り、明日蒼生あおいに渡すつもりである以上は準備にかけられる時間は決して多くないだろう。真昼と違って実家暮らしの雪穂に道具類の心配は必要ないが、技術的な部分を大幅に向上させることは出来まい。つまり今回に限って言えば、単純で美味しく、かつ見映みばえもいい料理だけに焦点をしぼった方が効果的なはずだ。


「えーっと、なになに……〝お弁当の定番・ふんわり玉子焼きの作り方〟、〝これ一つで冷凍食品が映える! 手作りタルタルソース〟、〝誰でもカンタンにプラス一品・アスパラガスのベーコン巻き〟、〝海苔のりだけでご飯がお洒落に変身!? 手鞠てまりおにぎりのススメ〟――」


 携帯電話を片手に、レシピサイトに掲載されている情報をぶつぶつと呟き始める雪穂。しかし一分もたないうちに「うへぁ」と、うんざりしたようなうめき声を上げた。


「なにこれ、〝お弁当 おかず 初心者〟で調べてんのにいくらでも出てくるんだけど……しかもどれも微妙にめんどくさそう」

「あはは、お兄さんも同じこと言ってたよ。『レシピサイトって無料タダだし便利だけど、〝簡単〟の基準は人それぞれだから参考にならないこともあるよな』って」

「ちなみにまひるんはいつもどこで調べてるのー?」

「うーん、お料理好きな人がやってるブログとか初心者向けのお料理動画を見たり……でも今雪穂ちゃんがやってるみたいにたくさん調べて、その中から良さそうなレシピを選んだりもするよ。後はお兄さんが持ってるお料理の本を見せてもらったり」

「というかアキ、お母さんとかに教えてもらえばいいんじゃないの? いつもはお弁当、お母さんが作ってくれてるんでしょ?」

「だってうちのママに頼んだら余計な手出ししてきそうなんだもん。せっかく蒼生さんに食べてもらうんだから、自分でやらなきゃ意味ないって」

「私たちはいいのー?」

「あんたら三人は私と同レベルだからセーフ」

「でもお母さんたちってすごいよね。こんな大変なことを毎朝してくれてるんだもん」

「ん、そうだね。……私も、たまにはちゃんと『ありがとう』って伝えないとな」

「あははー、ひよりんってば超いい子ー」

「う、うるさいわね……」

「ふふ、きっとひよりちゃんのお母さんも喜んでくれるよ」


 四人でわいわい騒ぎつつ、少女たちはこれはどう、あれはどうとお弁当の中身を選定していく。おかずだけではなくご飯をどうするのか、デザートも付けた方が女の子らしくてポイントが高いんじゃないかなどと考え始めると本当にキリがない。この後買い物にも行かなければならないはずなのに、話しているだけで日が暮れてしまいそうなくらいだ。

 そして友人たちとこんな風に料理の話が出来ることが嬉しくて、真昼はついつい頬をほころばせてしまうのであった。

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