第二〇三食 家森夕と二人乗り②


「ふーん? それで今日は徒歩通学になったんだ?」

「ああ。原付から中型になったから、大学の駐輪場使うなら再申請しろって言われてな」


 二日後の昼休み。俺は青葉あおば他二名の友人と連れ立ち、いつも昼食をとっているゼミ教室へ向かっていた。今日は午後からの授業が入っていないので大学内で食事をとる必要もなかったのだが、青葉を筆頭ひっとうとする〝単位ヤバい組〟は午後からもみっちり時間割が詰まっているらしい。そんな彼らの「まさかもう帰るつもりか」という恨みがましげな視線に負け、昼食くらいは付き合おうということになったのである。

「まあ家に帰ったところで一人孤独に飯を食うだけだしな……」と思ってしまうのは、隣人の少女と過ごしたこの半年間、めっきり一人で食事する機会が減ったせいなのかもしれない。


「あれ? そういえばうちの大学、駐輪場の申請が通りにくいって聞いたんだけど……ゆうはいけたの?」

「ん? 普通にいくつかいてるって言われたけど……ああ、もしかして千歳ちとせに聞いたのか? アイツのは大型だから、枠自体が少ないんだよな、たしか」

「あー、そういえばそんな話だった気がするね」


 歌種うたたね大学のバイク駐輪場スペースは原付/小型、中型、そして大型の三つに区分されている。しかし大型バイクは他と比べて免許取得者の絶対数がどうしても少ないためか明らかにスペースが狭く設定されており、その分使用申請も通りにくいらしい。

 無論、原付――自動車免許さえあれば乗れる――での通学を希望する学生の方が圧倒的に多いのだから、仕方のないことではある。俺は例の金髪ヤンキー女子大生が不機嫌そうに舌を打つ姿を思い浮かべつつ、心の中で「ドンマイ」と励ましの言葉を贈った。


「それで午前あさの授業中、珍しく携帯弄ってたんだ? 新しいヘルメットでも買うのかい?」

「いや、俺の分のヘルメットは高校の頃使ってたやつを持ってきたからな。調べてたのは真昼まひるの分」

「真昼ちゃんの?」

「ああ。中型に乗り換えるって言ったら『二人乗りしてみたい』って話になってさ。結局今のところ、あんまりいいのは見つかってないんだけど……」

「へえ……真昼ちゃんにお願いされて、ねえ?」

「おい、ニヤニヤするな」


 明らかに含みのあるニヤニヤ笑いを近付けてくるイケメン女子大生の顔を腕で押し退けていると、前を歩きながら話を聞いていたらしい他の友人たちがこちらを振り返った。


「マヒルってあの子だろ? 夕が大学祭の時にデートしてやがった――」

「え、もしかしてあのめっちゃ可愛い子か!? あんな子にそんなお願いされるとか……! ……あー、家森やもり死なねえかな……」

「本人の目の前で呪詛じゅそを吐くな」


 頭の後ろで手を組みながらサラッと言ってくる友人に半眼でツッコミを入れる。そういや、大学祭でこいつらに見つかった時は大変だったけな……。


「いいよなー、女子高生の彼女とか……なんで家森がそんな羨ましい展開になるんだよ、俺の方が一〇〇倍カッコイイのに」

「自分で言うな。というか彼女じゃねえって言ってるだろ」

「ええ~? ホントに彼女じゃないのか~い?」

青葉おまえもニヤニヤしながらあおってくるな」

「でも女子高生と二人乗り二ケツして合法的に後ろから抱きついて貰えるんだろ!? 羨ましいんだよッ、羨ましくておかしくなりそうなんだよッ!?」

「安心しろ、お前は元からだいぶおかしいから」

畜生ちくしょうッ!? こうなったら家森ッ、お前を殺して俺も死ぬッ!」

「お前と心中しんじゅうなんて絶対イヤだ」


 大袈裟に羨ましがる友人の一人をため息で受け流しつつ、俺は改めて授業の合間に検索していたバイク用品のサイトを開く。これでもライダーの端くれなのでライダースウェアや有名メーカー産のメット、ホルダーなどが並んでいるのを見ているだけで心が踊るものの、残念ながら真昼に良さそうな品は見つからなかった。

 そもそもしんに安全性を考慮するならネット通販ではなく、専門の用品店で試着するなり、採寸さいすんしてもらうなりした方がいいに決まっている。俺が使うならネット上の一番安い商品で済ませてしまうところだが、今回はそういうわけにはいかないのだ。


「(悪いけど一回、真昼を連れて専門店ショップに行った方がいいのか……? でも俺、この辺でそういう店知らないんだよな……)」


 原付のメンテナンスも含め、実家にいた頃から世話になっている地元の工務店でやってもらっていた弊害へいがいだ。とはいえ、まさか真昼を連れて地元へ帰るわけにもいかないので、歌種こっちでいい店を探すしかあるまい。

「とりあえず大手なら安心できるか……」と口内で呟きながら携帯の液晶画面をスクロールさせていると、隣でそれを見ていたらしい青葉が人差しゆびを立てながら言ってきた。


「夕がなにで迷ってるのか知らないけどさ、バイクのことならそれこそ千鶴ちゃんに聞いてみたらいいんじゃない?」

「……あ」


 そうか、その手があったか。

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