第二〇四食 家森夕と二人乗り③
★
「悪いな、
「謝ってンじゃねェ、
「ありがとうございます、
「お、おう。気にすんな」
さらに翌日の夕方。相も変わらず
主人が半分趣味で始めた個人経営だと聞いていたのに、なかなか大きな店である。敷地面積だけで見るなら俺が地元で利用していた工務店の倍ほどはあるだろうか。男の仕事の
カー用品店だけあって商品の八割ほどは自動車用のメンテナンス
真昼が入り口のところにデンと置かれている巨大なタイヤ――おそらくは客寄せ用だろう――を見て「ひえー……」と口を開けているのを横目に店内へ入ると、どうやら今は他のお客はいない様子だった。入り口横のレジカウンターには「御用の方はベルを鳴らしてください」という手書きの立て
「おばちゃん、いる?」
千歳が隣にいる人に話し掛けるような、しかしその割によく通る声をカウンターの奥へと向ける。すると「あらあら、はいはいはい」と、まさにおばちゃんらしい
「あら、ちーちゃんじゃない、いらっしゃ~い! 今日はどうしたのかしら? バイクのメンテナンス?」
「ううん、今日は
ちーちゃん……? と、この金髪ヤンキーには不釣り合い過ぎる
そして駆け寄ってきた真昼が「だ、大丈夫ですか、お兄さん!?」と心配してくれている中、店のおばちゃんはなにやら嬉しそうにパチンッ、と両手を合わせた。
「あらあら、そうなの? 珍しいじゃない、ちーちゃんが後輩の子を連れてくるなんて! それに、そっちはもしかして彼氏さんかしら?」
「ッ!?」
「そんなんじゃね――ないよ。
「あらあら、そういうことね。今持ってくるわ、ちょっと待っててくれる?」
「ごめん、あんがと」
のっしのっしと店の奥へ消えていくおばちゃんの背中を見送ってから、俺はそろりと千歳の表情を見上げる。「カレシ……カレシ……」とうわ
「なんかいつもと口調違わねえか、〝ちーちゃん〟」
「次その呼び方しやがったら手足の指全部ぶち折るからな」
「……うっかり口を滑らせて
「
「なんで青葉にバラした時の方が
どうやら千歳はあのおばちゃんの前では猫を
「でもでもっ、〝ちーちゃん〟っていうあだ名、すっごく可愛いですよねっ!」
「!?」
「(真昼サンッ!?)」
いつの間にか復活したらしい女子高生が無邪気に放った一言が空気をピシッと凍らせる。
「それにあの話し方も、普段の千鶴さんとはガラッと印象が変わって見えてすっごく素敵です! 私、千鶴さんが『わたし』って言ってるの初めて見ましたっ!」
「あ、う……」
「(や、やめて差し上げてっ!?)」
これが俺や青葉の発言だったならキレ散らかされていたところだろう。しかしながら、千歳は真昼にだけは強く出られない。そもそも嘘を
「ねっ、お兄さんもそう思いませんかっ!?」
「(!? そこで俺に話を振るのか真昼サンやっ!?)」
天使のような笑顔で悪魔の
どうしよう、「イエス」と答えても「ノー」と答えても殴られる未来しか見えない。しかしここまでハッキリ話を振られておきながら無言を
「そ……そうだな?」
俺はせめてもの自己防衛として、真昼をイメージした笑顔――絶対に上手く真似出来ていない――を浮かべながら頷く。
「て……テメェ、後で覚えてやがれ……!」
そんな俺の努力も
あまりにも理不尽ではあったが……しかし今までになく恥ずかしそうにしている彼女の姿からは、たしかにいつもとはまったく違う印象を受けた。
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