第一八四食 旭日真昼と初デート②


 私立歌種うたたね大学ならびにその高等部・中等部の大学祭や文化祭は、およそ半月の間隔かんかくけて行われる。中等部が一〇月の初頭、高等部が中頃、そして大学が月末、といった具合だ。

 中でも大学祭の規模は一段と大きい。特に近年では収穫祭ハロウィンの時期とかぶるということもあって仮装姿を楽しむ学生が増え、学生部が〝コスプレコンテスト〟なるもよおしを開くようになるなど、普通の大学祭とはまた違った方向性ベクトルでちょっとした話題になったりもしている。……そのせいで〝歌種大学祭〟ではなく〝ハロウィン祭り〟などと呼ばれているのは、おそらく大学側にしてみれば不本意な結果なのだろうが、それはさておき。

 とにかくその歌種大学の大学祭が、今日から始まるのである。


「お、おお~……や、やっぱり大学って大きいなあ~……!」


 無数の人が流れていくキャンパス内にて、通行の邪魔にならないようにすみの方へ寄りながら、真昼まひるは圧倒されるように呟きをこぼしていた。比較的新しい、近代建築術が取り入れられた学部棟や、数十年前、この大学が創立された時に建てられたものとおぼしき歴史と威容いようを誇る旧本館など、一つの学校の敷地内だというのに、周囲を見回しているだけで流れてきた時代を感じさせられる。

 そして肝心の大学祭については、今真昼がいる大きな通りの対面側で各学部のゼミナールや部活・サークルに所属している学生たちが本格的な飲食物の屋台を出している他、〝多学部共同研究発表会〟や〝コスプレコンテスト〟といった面白そうな企画が目白押めじろおしだ。さらに明日からは学生ホールの方では著名ちょめいなアーティストや芸能人をまねいてのライブイベントも行われるとのこと。当たり前だが高等部の文化祭とは規模も入場者数も催しの派手さも、なにもかもがハイレベルだと認めざるを得ない。

 しかしながら、配布されていた小冊子パンフレットに目を通していた真昼は沢山だくさんのイベント内容に高揚こうようしつつも、同時に一抹いちまつの不安を覚えていた。それは――


「(こ、これ、ちゃんとお兄さんと会えるのかなあ……?)」


 ――そう、本日の待ち合わせ相手である隣人の大学生・家森夕やもりゆうと無事に合流出来るのか、という不安だ。

 高等部じぶんたちの文化祭も大概だと思っていたが、生徒たちの保護者や招待状を送られた者しか入場できなかったあちらと違い、大学祭は周辺に住まう一般人はもちろん、場合によってはわざわざ遠方えんぽうからやって来る客すらいる。無論キャンパス内には目当ての場所へ行き着くのも一苦労なほどの人波ひとなみが押し寄せていて、この中から特定の誰かを探し出すのはいかにも骨が折れそうだった。


「(うう……やっぱり一緒に来てもらった方が良かったかも……)」


 そもそも同じ建物に住んでいるはずの真昼と夕がわざわざキャンパス内で待ち合わせしているのは、別になにか深い意図があってのことではない。ひとえに真昼が〝好きな人と待ち合わせ〟というシチュエーションに憧れた、というだけなのである。

 約一週間前――友人たちの後押しもあって今日の大学祭、もとい真昼にとっては初めてとなる〝デートっぽいデート〟に夕を誘うことを決意したその日の夕食時。少女は青年に「デートをしましょう!」と言おうとして、失敗した。より厳密に言えば、のだ。


『体育祭とか文化祭とか招待してもらったし、大学こっちの学祭にも遊びに来るか?』


 想定もしていなかった想い人からの誘いに、真昼が一も二もなく飛び付いたのは言うまでもない。だが続く「じゃあ当日は一〇時くらいに出ようか」という言葉に関しては決して首を縦に振らず、最後までかたくなにこばみきった。


『せ、せっかくの機会なので、ちょっとだけ一人で大学の中を見て回りたいんですっ!?』


 そんなこんなで――素直に「デートっぽく〝待ち合わせ〟をしてみたいんです」と言えない自分を恥じながらも――二人は朝一〇時にキャンパス内の法学部棟前、すなわち真昼が立っているこの場所で集合することになったものの……予想を遥かに上回る人の多さに、少女は早くも後悔し始めているというわけだ。


「(というか、いくらなんでも早く来すぎちゃったかも……)」


 頭の中で呟きつつ、真昼は携帯電話の液晶画面に表示された時刻を見た。現在九時二八分、まだ集合時間より三〇分も前である。

 小さい頃から「五分前行動をしなさい」と教育されて育った真昼は〝確実に五分前行動が出来るように一〇分前行動をする〟タイプの人間だ。親友ひよりから「あんまり早く来られてもこっちが気を遣う」と言われている通学時の待ち合わせを除き、前もって時間が決められている約束がある場合は常に一〇分早く到着するように心掛けている。……ということを隣人の大学生が知っていることを考慮すれば、面倒くさがりの割に根がキッチリしている彼なら〝真昼の一〇分前行動に遅れないように二〇分前行動〟をしてきてもおかしくはない。

 そこまで予測した上で少女は「ふっ……私は騙されませんよ、お兄さん」とニヒルぶった笑みを浮かべつつ、〝真昼わたしの一〇分前行動に遅れないように二〇分前行動をしてくるお兄さん――に遅れないように三〇分前行動をする〟という結論を出したのだ。


 この手の待ち合わせの醍醐味だいごみと言えば、「お待たせ、待たせちゃったかな?」「ううん、私も今来たところだから」という一連の会話だろう。少なくとも真昼はそう思っている。

 しかし絶賛片想い中の彼女は〝想い人を待たせる〟ことだけは絶対にしたくなかった。夕よりも遅れて到着してしまい、「真昼は俺ほど大学祭を楽しみにしてなかったのかな……」などと思われたら困るからだ。

 ゆえになんとしてでも「お待たせ――」の担当パートではなく、「ううん――」の担当パートを勝ち取りたい。その一心で、こうして無言実行の三〇分前行動に打って出たところまでは良かったのだが……。


「(お兄さん、まだ来てないよね……?)」


 キョロキョロと法学部棟付近を見回してみる真昼。まだ待ち合わせより三〇分も前だと分かっていても、大学という慣れない場所、そしてこの人混みの中で一人ぼっちだという事実からくる不安には勝てなかった。


「……いるわけない、よね。うう、どうしよう……」


 どうするもなにもこれは待ち合わせなんだから待つしかないけど、と真昼が自分の呟きに対して心中でツッコミをしていると。


「あれ、真昼? も、もういてたのか?」

「へ?」


 耳に馴染なじんだその声に振り返ると、そこにはコンビニのコーヒーが入ったカップを手にした青年――真昼の約束相手が、驚きの表情でこちらを見ていた。そして同じく驚愕きょうがくした真昼は、思わず「うえぇっ!? お、お兄さんっ!?」とすっとんきょうな声を上げてしまう。


「真昼、随分早かったんだな。なんか大学の中見て回りたいとか言ってなかったっけ……あ、もしかして今から行くのか?」

「え!? い、いえ、それはもう済ませました、二分くらいで!」

「早っ!? うちの大学キャンパス広いから、二分で見て回るのは無理だと思うんだけど――」

「お、お兄さんこそ早くないですか!? ま、まだ約束の三〇分も前なのに!」

「お、おう……俺は先にゼミの課題出しに行ってたんだ。うちのゼミは学祭で出し物してない分、準備期間中も普通に授業あったからさ」

「な、なるほど!」


 相槌あいづちを打ちつつ、真昼はどうにか追及ついきゅうのがれられたことにホッと息をつく。ここで「お兄さんとのデートが楽しみで早く着きすぎちゃいました!」くらいのことが言えれば亜紀あきたちも褒めてくれただろうが……やはりまだ積極的になりきれない、恥ずかしがり屋の少女であった。

 そんな真昼のことを怪訝けげんそうな目で見ていた夕は、それでもすぐに「まあいいか」と気を取り直したように言う。


「それじゃあちょっと早いけど、色々見て回ろうか」

「は、はいっ!」


 何はともあれ、予定よりも早く夕とのデートを始められることに満面の笑みを浮かべる真昼。

歌種祭うたたねさい〟では完全に二人きりにはなれなかったが、今日は違うのだ。「絶対にお兄さんとの距離を縮めてみせる!」という覚悟のもと、少女は青年の隣に並んで歩き出す。

 ……結局〝例の会話〟が出来ていないことに気付いてショックを受けるのは、この数十秒後のことだった。

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