第一八五食 旭日真昼と初デート③

〝デート〟という単語を聞いて真昼まひるが一番最初に思い浮かべるのは、手を繋いだ男女が緑豊かな公園や河川敷かせんじきを歩きながら、楽しげに会話おしゃべりをしている光景だった。もしくは冬のんだ空気の中、満点の夜空を二人で見上げつつベンチで身を寄せあう男女の姿だろうか。

 どこかのゆるふわ系少女に聞かせれば「純心ピュアかよ~」とけらけら笑われてしまいそうだが……それこそが紙上しじょうの恋しか知らずに生きてきた彼女にとっての〝理想のデート〟なのである。

 しかし今真昼の目の前に広がっている光景は、緑豊かな公園でもなければ冬の夜空の下でもなく――


「ハアアアアアッ!? ちょっ、おまっ……!? だ、誰だよその可愛い子!? ま、まさか彼女かっ!?」

家森やもりてめぇ、俺たちを裏切ったのか!? 地味でえないお前だけはずっと寂しいひとのままでいてくれるだろうと思ってたのに!? 『家森あいつがいる限り、俺たちは安泰あんたいだ』と思ってたのに!?」

「見損なったぞゆうっ! せめてちょっと不細工ざんねんとかだったら『なんだ、妥協の産物か……』って見下みくだせたのにっ!? それがよりにもよってそんな美少女を連れ回してるなんてっ……!? う、うおおおおおおおおおおおんっ!?」

「この最低野郎ッ! 人間のくずッ! どこまで行った!? てめぇその子とどこまで行った!? その憎しみの分だけ力一杯ぶん殴ってやるッ!?」

「だからこの子はそんなんじゃないって言ってんだろ! 人の話も聞かずに好き放題言うな!? いてぇっ!? おい誰か今本気で蹴ったな!? や、やめろ、掴むな、はなせえっ!?」


 ――ようやく想いを告げた片想い相手が、血の涙を流す男たちの手で揉みくちゃにされていく絵面えづらであった。夕が羽交はがめにされて大暴れする姿に、真昼はどうすればいいのか分からず、ただオロオロと所在無しょざいなげな両手をくうわせるばかり。

 現れた男たちの正体はなんと――いや、言うまでもなく――夕の友人たちである。真昼が「どうやったら自然とお兄さんと手を繋げるか」を画策かくさくしていたところで遭遇エンカウントした彼らは、最初こそ極めて友好的フレンドリーな様子で話をしていたはずなのだが……夕がを連れていることを認識したとたん、呪詛じゅその言葉とともに襲い掛かってきたのだ。


「なんでだよっ!? 家森おまえの周りには青葉あんなのとか千歳そんなのしかいないんじゃなかったのかっ!?」

「そうだそうだ! なに普通に超可愛い子と歩いてやがる!? ……ハッ!? ま、まさか夕、お前……モテない男と同類みたいな顔しといて、裏ではずっと同類おれたちのことを見下してたのか……!?」

「ひ、ひどい……! わたしたちとは遊びだったって言うのねっ!?」

「やかましいわ! 俺は女の子と歩いてるだけで罪になるのかよ!?」

「「「「なるっ!!」」」」

「声揃えて断言してんじゃねえ!?」


 どうやら真昼のことを夕の彼女だと勘違いしているらしい男たちは、青年の身体をポカポカと無駄に可愛らしい仕草で殴り続けている。もちろん彼らも本気で夕のことが憎いわけではなく、一種のお約束、じゃれあいの一環として絡んできているだけなのだろうが……「私のせいでお兄さんがっ!?」という意識にとらわれる女子高生からすれば気が気ではない。

 海での出来事ナンパが若干トラウマになっている真昼は年上の男性集団にひるみつつも、夕を窮地きゅうち――なお真昼視点――からすくいださんと、決意を秘めた瞳とともに「あ、あのっ!?」と声を張り上げた。


「わ、私っ――お兄さんとデートしてるところなので、邪魔しないでもらえませんかっ!?」

「え……」


 青年の腕に抱きつきながらそう言った少女に、いかにも目が点になっていそうな呟きを落としたのは誰だったか。男たちの内の一人か、あるいはデート相手本人だったかもしれない。

 しかしどちらにせよ、年下の可愛い女の子の緊張に震える唇から放たれたその一言は、どうやらモテない男たちには効果覿面こうかてきめんだったらしい。


「うっく……やっぱりデートなんじゃねえかよお……!」

「ちくしょう、ちくしょう……!」

「女の子にかばわれやがって、くそ羨ましい……!」

「俺なんてもう母ちゃんからも庇ってもらえないのに……!」


 シクシクと顔をおおいながら、かなしい男たちは夕のことを解放した。そのあまりの豹変ひょうへんぶりに、青年が「お、おいお前ら、大丈夫か……?」と気遣いの言葉を発するが、男たちは「うるせえっ!?」「同情してんじゃねえよっ!?」と彼の手を振り払う。


「ちくしょうっ、この借りはいつか絶対返してやるからな!? 覚えてやがれえっ!?」

「捨て台詞ぜりふの三下臭がすごいな」


 いかにも小物こものっぽいことを吐き捨てて、男たちはすたこらと逃げ去っていった。思いのほかあっさりと夕を助けられたことに、真昼は「あ、あれ?」と目をぱちくりさせる。


「よ、良かった……無事、お兄さんを悪漢あっかんたちから守り通すことが出来たんですね」

「お、おう……俺も一応男だから、その言い方にはものすごく引っ掛かるところがあるんだけど……でもありがとう真昼、助かったよ」


 気心の知れた友人たちとはいえ、半分本気で困っていたらしい夕は苦笑混じりに礼を告げてきた。対する真昼は「お兄さんにお礼を言われたっ!」と、腹の底からき上がるような喜びを享受きょうじゅする。彼女が犬だったなら、嬉しさのあまり尻尾しっぽ千切ちぎれんばかりにぶんぶん振り回していたことだろう。


「え、えっと……それでだな、真昼さん?」

「はい?」

「も、もう離してくれていいんだぞ?」

「……ハッ!?」


 気まずそうに言ってくる夕に、真昼は今の自らの状況に視線を落とし――やがてたちまち赤面せきめんした。彼女の身体は今、青年の左腕にぎゅうっと抱きついた形のまま固まっている。


「ごご、ごめんなさいっ!?」


 青年を助けようと必死になるあまり、抱きついたことを自覚していなかった真昼は慌てて身体を引き離した。そして即座に「しまったあっ!?」と自らの行動を後悔する。


「(う、上手うまくやっていれば、自然に腕を組んだまま歩けたんじゃ!?)」


 当初の目標である手繋ぎよりもさらに高次に位置する腕組みそれのチャンスをみすみす逃してしまい、真昼は浮わついていた気持ちがガラガラと崩れ落ちていく感覚を味わう。かといって「やっぱり腕は組んだままにしましょう!」などと言えるほどの度胸は今の少女にはなく。

 結局真昼は、ふたたび「どうやったら自然とお兄さんと手を繋げるか」を悶々もんもんと考えながら、青年の隣を歩くことになるのであった。

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