第一七五食 家森夕と旭日真昼③
「……え?」
ドクンとひとつ、心臓が嫌な跳ね方をして、俺の喉が
しかし、そう返さずにはいられなかったのだ。目の前の少女の真剣な視線が、これは冗談やおふざけのつもりで発された言葉ではないのだと
「(あのフォークダンスの
あの〝伝説〟を
俺が黙り込んでいる間もやはり
今日一日を振り返ってみれば、
今の彼女はその
「(……なんでだよ――なんでそんな
心臓を引き絞られるかのような感覚。どうして彼女が突然こんなことを言い出したのかが理解出来ず、
しかしその時、俺の頭に一つの可能性が浮上した。
――突然ではなかったという可能性が。
『実は文化祭が終わったあと、後夜祭もあるんですけど、良かったらそっちの方にも来てもらえたらなって思いまして……』
真昼からこの文化祭に誘われた時、そう言われたことを思い出す。当時は単に、夜遅くまで学校に残るから帰り道の付き添い役を兼ねてのことだろうと思っていたが……真昼は最初から例の〝伝説〟のことを知っていて、あの時から今この瞬間、俺を誘おうと考えていたのではないか?
「(い、いや……いや、あり得るわけないだろ、そんなこと)」
大切な隣人を相手に妙な勘繰りをする自分自身に対して強烈な嫌悪感を覚える。真昼が実は俺のことを……なんて安い展開があってたまるか。彼女のような可愛い女の子から
「(あれ……そういえばあの日の朝、なんで真昼は怒っていたんだっけ……?)」
記憶している限り、詳しい原因を彼女は話してくれなかった。「私のワガママでごめんなさい」と謝られたことは覚えているのだが、なにがどうワガママだったのかはさっぱり分からないままである。
「(あの日は真昼の好きなサンドイッチを作ってて……ああ、そうだ、たしか真昼の気になってる男の話になったんだっけ。そしたら急に真昼の様子がおかしくなって……)」
夏の終わり
『そ――そういうところがズルいんですようわあああああんっ!? ど、どうせ気付いてくれないならいっそ冷たくしてくれればいいのにっ!? そっ、そんなに優しくされたら余計に私ばっかりっ……!』
――「どうせ気づいてくれないなら」。
――「私ばっかり」。
俺が真昼の〝なにか〟に気付けていないかのような口振りだった。それでは、その〝なにか〟というのは――
「――お兄さん?」
「! あ、ああ、ごめん」
黙ったままなにも答えない俺のことを、真昼がわずかに不安の
「え、えっと……真昼、俺は――」
「はあっ!? な、なんで
「!?」
「!」
突如、俺の言葉を遮るかのように飛んできたのは、なにやらキャンプファイヤーの近くで教師らしき女性に食いかかっている冬島さんの声だった。
「別にいいじゃないですか、
「だから、この学校の関係者以外は
「そんなの昔のことじゃん! 私と蒼生さんがそんなバカみたいな大騒ぎをするような人間に見えるんですか!?」
「ま、まあまあ落ち着いて、
「……な、なんか
青葉が「ムキーッ!」と両手を振り上げて
「そういう規則ならどうしようもないし……それにどっちにしても俺、ダンスなんかロクに踊れないしな。真昼に恥かかせるわけにもいかないから、ダンスの誘いは受けられない……かな」
我ながら
真昼は核心的なことはなにも言っていない。ただ「一緒に踊ろう」と口にしただけ。
だから、今ならまだ間に合うはずだ――今ならまだ、〝ただのお隣さん同士〟のままでいられるはずなんだ。
「――わかりました。……本当は、自分の気持ちがちゃんと本物だって確かめてから、伝えたかったんですけど」
願いも
「だけどもうこれ以上、逃げるのは嫌なんです。私は今日、自分の気持ちをはっきりさせるためにここに来たんだから」
その頬は信じられないほど真っ赤に染まっているのに――真昼の声はどこまでも平静なままだった。
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