第一七四食 家森夕と旭日真昼①


「一、二、点火ファイアー!」という独特の合図とともに、全校生徒代表らしき男子が火のともった松明トーチを組み木の大口目掛けて放りれた。そんな小さな種火であのたきぎの山が燃えるのかと不安視したのもつか、おそらく油やら新聞紙やらで燃えやすいように工夫されていたのであろう巨大なが、赤々とした炎をその身に宿やどしながら夜のグラウンドを照らし出す。

 歌種うたたね高校後夜祭の大本命・キャンプファイヤー。そのあかりに包まれた高校生たちのはしゃぎ声が俺の耳朶じだを心地よく震わせては、遠い夜闇やあんの中へ溶けて消えていく――


「……楽しそうだな」

「そうだねえ」


 グラウンドの端っこに行儀悪く座りながらつぶやいた俺に、青葉あおば相槌あいづちを打った。珍しく裏も表もない、穏やかな笑みを浮かべている彼女に、しかし今ばかりは違和感を覚えることはない。名も知らない高校生たちが楽しげにしている姿は、赤の他人である俺たちから見ても微笑ましいものだった。


「……ゆう。気持ちは分からないでもないけど、女子高生たちのお尻をニヤニヤしながら眺め回すのはどうかと思うよ?」

「ぶっ飛ばすぞテメェ」


 なごやかな雰囲気を一気にぶち壊され、俺はひたいにピキリと青筋あおすじを浮かべた。ほんの一瞬でも気持ちを共有出来ていると信じた俺の純情を返してほしい。

 人の気も知らず「今のちょっと千鶴ちづるちゃんっぽかったね」とケラケラ笑うイケメン女にため息を噛み殺していると、グラウンドの方から陽気な、それでいてどこか落ち着きのある特徴的な音楽が流れてきた。


「あ。始まったみたいだね、フォークダンス」

「ああ、例の……」


 顔を上げて見れば、キャンプファイヤーの周りでは多くの生徒たちが一つの大円をえがくように、手と手を取り合っているところだった。そしてそのまま焚き火を中心にぐるぐる回ったり、腕の伸縮しんしゅくによって円を大きくしたり小さくしたりと、よく分からないダンスをおどり始める。……ダンスの知識がゼロに等しい俺からすれば、「こどもの頃に遊んだ花一匁はないちもんめみたいだなあ」くらいの感想しか出てこなかったが。


「マイムマイムかあ。めいさんの頃はオクラホマ・ミキサーだったって聞いたけど、今は違うんだねえ」

「(マイム……? オクラ……?)」


 あの踊りの名前だろうか? 別にダンスに詳しいわけでもないであろう青葉でも知っているということはそれなりにメジャーな部類なのだろうが……やはり俺には「なんだか美味しそうな名前だなあ」くらいの感想しか出てこない。


「実は私も小学生の時、給食の時間にみんなでよく踊ったんだよねえ、マイムマイム」

「どんな学校だよ」

「まだ若かった私たちは、おやつのプリンをけて熾烈しれつあらそいを繰り広げたものさ……ふふ、当時のことを思い返すと血湧ちわ肉躍にくおどるよ」

「だからどんな学校だよ」


 そしてあの平和極まりないダンスのどこにそんな戦国武将みたいな感情を抱いたんだよ。


「ねえ、夕はどうなの? 魂を懸けたマイムマイムの応酬おうしゅうに身をやつした経験とかないのかい?」

「あってたまるかそんな経験。というか俺はフォークダンス自体やったことないぞ。オクラミックスジュース? も見たことすらないし」

「オクラホマ・ミキサーだよ、なにその生臭なまぐさそうな飲み物」


 俺と青葉が益体やくたいもないことをだらだら話していた――その時である。


「あっ、おっ、いっ、さああああああああああんっ!!」

「ぐげふぁッ!?」

「!?」


 まるで闇にひそむ獣のごとき俊敏しゅんぴんな動きをともない、何者かが青葉の横腹に熱烈なタックルをかました。驚きの声も出ない俺の眼前で、イケメン女子大生が半スローモーションでくうを舞い――そしてどしゃあっ、と二人仲良く砂の地面へと倒れ込む。

〝何者か〟などと言ったが、青葉相手にこんな大胆な真似をする子は一人しかいないだろう。


「ゆ、雪穂ゆきほちゃん、キミの熱い想いはもう十分伝わったから、タックル突撃チャージは勘弁してくれない……?」

「すう、はあ、すう、はあ……! ああ、今私は蒼生さんのイイにおいにつつまれているんですね……!」

「き、聞いてる……?」

「ゆ、雪穂ちゃん! そんな勢いよくぶつかったりしたら青葉さんが怪我けがしちゃうよ!?」


 青葉に突貫した眼鏡少女の後を追って来たのは、体育祭の時にも見たことがある体操着姿の真昼まひるだ。彼女たちは後夜祭が始まる少し前から姿が見えなかったのだが……。


「……もしかして、わざわざ着替えに行ってたのか? 昼間はTシャツ着てただろ?」

「あ、はい。たこ焼き屋のTシャツはあんまり汚したくないですし、それに体操服こっちの方が動きやすいですから」


 そう言ってその場で可愛らしくぴょぴょんと跳ねて見せた真昼に、俺は「気合い入ってんなあ」と苦笑する。彼女も今グラウンドでやっているフォークダンスに参加するつもりなのだろうか。


「(そういえば昼にた〝伝説〟の演劇で言ってたダンスと、あのフォークダンスが結び付けられてるんだったか? 『一緒に踊った男女は恋が叶う』とかなんとか……)」


 俺から見ると正直、ありがちな眉唾まゆつば物の作り話という印象が強かったのだが……真昼たちくらいの年頃の女の子にはあれが素敵に見えるものなんだろうな。


「さあさあ、蒼生あおいさん、私と一緒に踊りにいきましょう! 二人っきりで!」

「え゛っ!? い、いやそれは別に構わないけど、でも他のみんなは全員でマイムマイムを――」

「そんなのどうでもいいんです! 蒼生さんの綺麗な手を他の人に握られたくありませんし!」

「なんかすっごい格好いいこと言われた!? 私の立つがないんですけど!?」


 イケメン女子大生という肩書きを形無かたなしにされた青葉の手をグイグイと引き、グラウンドの方へ出ていく冬島ふゆしまさん。……あの二人が一緒に踊った場合でも、果たして〝伝説〟の効力はあるものなのか。もしも本当にあのキャンプファイヤーに恋愛の神様的存在が宿っているとしたら、女子同士のカップルを見てどうするのだろうか?

 そんな考えても仕方のないことを考えていると、ふと真昼が後ろ手を組んだまま、じっとこちらを見つめていることに気がついた。


「真昼は行かなくていいのか? その……ダンスの時間が終わっちまうぞ?」


「以前話していた気になる人と一緒に踊る前に」という言葉はあえて飲み込む。わざわざ動きやすい服に着替えてきたくらい気合いが入っているんだ、それくらい真昼だって分かっているだろう。


「――はい、行きます」


 真昼が、妙に熱のこもった声とともに頷いた。対して俺は「そうか」とんで見せ――しかし内心では、どこかもの寂しいような気持ちを覚えてしまう。

 おそらく真昼は、その〝気になる人〟とやらをダンスに誘うつもりなのだろう。無論、俺はあんな〝伝説〟なんてに受けちゃいないが……けれど真昼のような可愛い女子から誘われたりしたら、相手がどんな男だろうとイチコロに決まっている。それが喜ばしくもあり――なぜだか少し悔しくもあった。きっとこれは、妹に彼氏が出来そうなことを知った兄が抱く種類タイプの感情なのだろう。


「――ですから、お兄さんも一緒に来て下さい」

「……え?」


 だからこそ、続く真昼の言葉は俺にとって完全に予想外だった。一緒に来い、とは一体どういう意味だろう? もしや、真昼じぶんが好きな男と踊っているところを撮影し、写真や動画として残すのを手伝ってほしい、ということだろうか?


 ――いなである。


「お兄さん――私と二人で、一緒に踊ってもらえませんか?」

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