第一六三食 大学生組と後夜祭伝説②


「はァ!? 前に話してた子と付き合うことになっただァ!? なにワケ分かんねェこと言ってンだてめェは、バカじゃねェのか!?」

「よく理解できなかったからって罵倒しないでよ、千鶴ちづるちゃん……あと『付き合って』って言われただけで、付き合うことになったとは言ってないから」


 体育館へ向かう途中で、隣を歩きながら「というかホントになんでキミがここにいるのさ?」とたずねてくる青葉あおばを無視し、オレは「似たようなモンだろうが」と吐き捨てるように言った。……今の罵声ばせいが少し大きかったせいか周りの生徒たちが何事かと目を向けてきたので、心持ち声量ボリュームを落としつつ。


 なぜかヤモリと旭日真昼あさひまひるの母と一緒に現れた青葉こいつから話を聞いたところ、どうやら〝例の件〟――青葉が、彼女のことを男だと誤解している高校生の少女から本気でかれたとかいう地獄みたいな話――については決着がついたらしい。だがそれは「青葉こいつが女だということは理解して貰えた」というだけで、あろうことかその高校生は『騙していた代わりに付き合ってくれ』などと言い出したそうだ。


「……変人てめェを好きになるなんざよっぽど奇特な女だろあとは思っちゃいたが、案の定だったらしいな」

「いや酷い言われようなんだけど……反論出来ないのが悲しい」


 オレの遠慮しない物言いに、青葉ががっくりと肩を落とす。いくら青葉こいつでも、まさか本当の性別を明かした上で同姓から告白されるとは思ってもみなかったンだろう。その表情には疲れたような、もしくは困ったような色がありありと浮かんでいる。


「……大丈夫なのかよ?」


 我ながらぶっきらぼうな口調で短く問う。すると青葉はわずかに目を見開いてから、真剣な顔をして頷く。


雪穂ゆきほちゃんとは今日中に、でもちょっとだけ時間をけてからもう一度話すつもりだよ。お互い、頭をやした方がいいと思うからね」

「……」


 なるほど、そんな状況なのに慌ててその子を追わないのは、一応青葉こいつなりの考えがあってのことなのか。だったらいいのだが……。

 オレが馬鹿馬鹿しいながらも難しい現状を聞いて渋面じゅうめんを作っていると、不意に隣のバカが「ふふっ」と笑みをこぼした。


「優しいんだね、千鶴ちゃんって。なんか驚いちゃったよ。もしかしたら私、今日までキミのことを誤解してたのかな?」

「あ、あァ!? 急に何言い出してやがンだ、気持ちわりィな!? だ、誰もてめェの心配なんかしてねェっつンだよ!?」

「あはは、分かってる分かってる」

「ニヤニヤすんじゃねェッ!? と、とにかくキッチリ落とし前はつけやがれってンだ! 年下相手に中途半端な責任の取り方しやがったら承知しねェぞ!?」

「うん――ちゃんと、分かってる」


 最後の言葉が帯びる真摯な空気に、これ以上言う必要はないと判断したオレは「フンッ」と鼻を鳴らして顔をそむける。隣でアホが笑っている気配がしやがるが、無視だ無視。


「――うふふ。二人とも、とってもいいお友だちなのね」

「あ、あァ!?」


 前方から掛けられた声に反射的に噛み付いたオレは、それが旭日真昼の母の声だと気付いて内心「うっ」と言葉に詰まる。オレは相手を選んで態度をコロコロ変えたりはしない性質タチなンだが……流石にあの子の母親を相手に失礼な態度をとりたくはない。

 そしてオレが喉を詰まらせたのをいいことに、青葉が「そうなんですよ~」と軽薄なことを言いやがった。


「私とゆうと千鶴ちゃん、三人合わせて〝仲良し三人組〟って呼ばれてるんですよね~、今日から!」

「(呼ばれてねェし呼ばせるワケねェだろ!)」

「あらあら、そうなの? それじゃあうちの真昼は大変ね、こんな美人さん二人と夕くんを取り合うなんて」

「(誰があんな爬虫類なンか取り合うかよ!?)」

「あはは、夕は恋人にしてもつまらなそうだから私はやめときますよ」

「(さらっと酷いなてめェ!? そ、そんな言い方されたらヤモリがちょっと可哀想だろうが!?)」


 そんな話をしているうちに、オレたちの視線は自然と前を歩く二人に集まった。片方はなにやら身振り手振りをしながら一生懸命になにかを話している少女、もう片方はそんな少女の言葉を、普段オレたちの前では見せないような優しい表情かおで聞いているヤロウである。

 こうして後ろから眺めているとものすごく仲の良い兄妹きょうだいか――それこそ恋人のようにしか見えない。特に少女の方は、オレと話していた時よりも明らかにイイ笑顔をしている。おそらく本人は無意識なのだろうが……本当に分かりやすい子だ。


「(つーかあんな笑顔向けられてンのに、なんであの爬虫類野郎は『真昼には他に好きな男がいる』とかほざいてンだよ。鈍感ドンカンとかそういう次元じゃねェぞ、マジで)」


 いくら誤解があるとはいえ、恋愛にうといオレですら気付けるような気持ちに気付けないとか、そんなことあり得ンのか? それにあの子の方も、この文化祭中になんらかの行動を起こすかのようなことを言っていたが……ヤモリに告白でもするつもりなのか?


「(もしそうだとしても、現時点でヤモリにその気がない以上はフラれちまう確率の方が高そうなモンだが……)」


 もちろんこれは単なる憶測だし、あの子がどういうつもりでヤモリを文化祭に呼んだのかは分からない。あくまでも第三者に過ぎないオレは、それでもぼんやりと前を歩く二人の背中を見ずにはいられなかった。


「あっ、こ、これですお兄さん! 歌種祭うたたねさいの伝説を題材モチーフにしたっていう三年生の演劇! は、早く行かないと、もうすぐ始まっちゃいますっ!?」

「わ、分かった、分かったからそんなに引っ張るなって」


 彼らが眺めていた体育館前に立て掛けられている看板に目を向けると――次の演目欄には「演劇 〝後夜祭の伝説〟」とだけ記されていた。

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