第一六二食 大学生組と後夜祭伝説①

「なにか面白そうなお話をしてるわね、真昼まひるちゃあん?」

「んぎゃあああああっ!?」

「!?」


 前触れもなく後方からニュッと一人の女の顔が飛び出してきたことで、少女が色気のない悲鳴を上げた。よほど驚いたのかイスごとり、あやうくその場でひっくり返りそうになっている。

 そんな娘――旭日あさひ真昼の後ろで「ごめんごめん、驚かせちゃった?」と茶目っ気たっぷりに笑うのは彼女の母・旭日めいだ。話に集中していたとはいえ、少女の対面に座っているオレにすら気付かせずに接近してくるとか何モンだよ、この人……。


「おっ、おおおお母さん!? ビックリさせないでよ、口から心臓飛び出るかと思ったでしょ!?」

「あら、飛び出さなくて良かったわね。もし勢いよく飛び出してたら千鶴ちづるちゃんの顔が大変なことになってたわよ?」

「(笑顔でなんつーグロいこと言ってやがンだ)」

「や、やめてよ!? 私の口から飛び出した心臓が、ちょうど口を開けてた千鶴さんのお口に入ってそのまま咀嚼そしゃくされちゃって……うぎゃっ!? 想像しただけで痛い!?」

「(『痛い』で済んでたまるか。つーか母娘おやこ揃って発想エグ過ぎンだろ)」


 ニコニコと血生臭いことを言う母と、その状況シチュエーションを無駄に現実的リアルに考える娘。……会話を聞いているだけで、オレは思わず口の中にグニグニした肉塊などが入っていないことを確認してしまう。ちなみにオレはこの手の話題が総じて苦手なタイプだった。


「千鶴ちゃん、待たせちゃってごめんなさいね」

「いや、別にいいンすけど……」


 グロいことを考えさせられたせいで沸き立ってくる吐き気をこらえつつ、オレは無愛想に答える。ただ楽しく駄弁だべりながら待っていただけだし、なんならもう少しくらい時間を掛けてくれたってよかった……とは言わないでおく。


「と、というかお母さん、お兄さんとなんの話があったの? まさかとは思うけど、なにか余計なこと言ったりしてないよね……?」

「そんな野暮やぼなことしないわよ。真昼あなたとのことを聞いただけ。少なくともあの人が――お父さんが言いそうなことは言ったりしていないわ、安心しなさい」

「だ、だったらいいんだけど……」


 口をもごもごさせながら、一応納得したように頷く少女。オレには詳しいことなんか分からねェが……どうやら雰囲気的に、母親の方は娘がヤモリのことを好きだって知ってるらしいな。ヤモリとの〝話〟っつーのが関連なのかはさておき。


「それでお母さん、お兄さんはどこにいるの? もう体育館で三年生の演劇が始まる時間なんだけど……」

「ええ、ゆうくんなら廊下で待ってるわ」

「ほんと!? だ、だったらすぐに行かなきゃっ!?」

「あらあら、慌てちゃって……そんなに夕くんを独占したいのかしら? もう、真昼ちゃんってば大胆ダイタンなんだからー」

「ちがっ!? そ、そんなんじゃないよっ! 早く体育館に行かないと良い席埋まっちゃうって言ってるのっ!」

「まあまあ、照れなくても」

「照れてないよっ! もうっ、お母さんのばかっ!?」


 いかりのせいか照れのせいか、とにかく顔を赤くした娘がぷんすかと教室から出ていくのをニコニコと見送る母親。そして彼女はキレイな微笑を浮かべたまま、オレの方を見やった。


「さっ、折角の文化祭だもの、私も楽しませて貰おうかしら。千鶴ちゃんも一緒に行くでしょう?」

「まァ……そっすね」


 オレはこの文化祭に興味があって来たわけでもねェし、お遊びレベルの演劇をる趣味もねェんだが……だからといって目付きのわりィ金髪大学生が一人でこのき教室に残っていても、周囲の高校生や保護者から奇異の目を向けられるだけだ。だったら彼女らと一緒にいた方がまだマシだろう。


「(つーか、あの青葉バカはどこに居やがンだよ……まだ来てやがらねェのか)」


 イスと机のズレを元通りに戻し、教室を出る途中でそんなことを考える。

 元はと言えばあの青葉アホが柄にもなく真剣な顔で悩んでやがったから、嫌々ながらも様子を見に来てやったってのに、当の本人がまだツラを見せねェってのはどういうことだ。ふざけやがって、あの野郎……! いやまァ、別に本人に頼まれて来たわけでもなんでもねェンだから、このイライラを青葉あおばに向けるのもおかしな話か……。

 面倒くせェからもう帰ろうかな、などと本気で考えながら、廊下へ出るオレ。するとその瞬間、「あっ!?」と驚いたような声と共に、こちらに向かってビシッと指を突き出してきた女が一人。


「ホントに千鶴ちゃんだ!? なんで高等部の文化祭にいるの!? 絶対キャラじゃないのに!」

「……」

「痛ぁっ!? な、なんでいきなり無言で先制攻撃してくるのさ千鶴ちゃんっ!?」

「いきなりアホヅラで失礼なこと言ってくるヤツに言われたくねェンだよ!」


 人の気も知らずにひょっこり現れやがったその女に、オレは結局我慢出来ずにイライラをぶつけてしまったのであった。

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