第一六一食 千歳千鶴と分かりやすい少女


 言うまでもないことだが、オレは〝体育祭〟だとか〝文化祭〟だとかって学校行事が根本的に好きじゃない。

 だってそうだろ? この目付きと性格のせいで周りからビビられ、まともなダチの一人も居やしないオレだ。大抵の行事はサボるか、もしくは最初から参加しないことの方が断然多かった。

 たぶんクラス連中も、千歳千鶴オレがいねェことにホッとしていただろう。祭で浮かれられないヤツなんざ、場をシラけさせちまうだけだしな。

 だから当然、今日もそうなんだろうと思っていた――思っていたのだが。


「うぇっ!? ち、千鶴ちづるさんフクロウカフェ行ったことあるんですか!?」

「お、おう、まあな? ちっと前、ツーリングついでにチラッと覗いてきたンだよ」

「いいなあ、いいなあー! 私も昔テレビで見たことがあって、行ってみたいと思ってたんですよ! あのふわっふわの頭をなでなでしてみたいんです!」

「あァ、あれはいいぞ……なんつーか、触ってるだけで心が洗われていく気がするっつーか、〝癒し〟の具現っつーか」

「でもこの辺りには全然ないんですよねー、フクロウカフェ。電車で二時間くらいのところにあるみたいなんですけど、お友だちを誘ったみたら『え、フクロウ……? わざわざ猛禽類もうきんるいに会いに行く意味が分からないんだけど……』ってドン引きされて断られました……」

「はァ!? 分かってねェな、そのギャップが可愛いンだろうが。獰猛どうもうな猛禽類のくせして人間に飼い慣らされてるっていう」

「ですよねですよね! ひよりちゃんはまだフクロウの魅力に気付けていないだけなんです!」


 ――休憩室代わりに開放されている教室、その窓から見えた一羽のハトがきっかけで始まった会話は、オレ自身予想だにしないほどの盛り上がりをみせていた。相手はウチの大学の高等部・私立歌種うたたね高校の一年生、旭日真昼あさひまひるである。

 よく分からない理由でいきなりこの子と二人きりにされたオレは、らしくもなく内心「どうすりゃいいンだよ」と思ったのだが……結論から言って、そんなものは杞憂きゆうも杞憂だったらしい。何せこの子、放っておいても一人で超しゃべる。

 彼女とは前に一度だけ――厳密に言えば二度だが――話したきりだというのに大したものだ。普通気まずくなったりするモンだろ、こういう場合って。特にオレなんかはお世辞にも愛想が良いとは言えねェだろうに。


「……? どうかしましたか、千鶴さん?」

「んァ? いや、なんでもねェ――口の周りに青海苔あおのりが付いてるってだけだ」

「!? ほ、本当ですか!? えっ、わ、私ずっと青海苔付けたまま話してたんですか!? は、恥ずかし……!?」

「(可愛い……)」


 元々子どもが好きなオレだが、それはあくまでも幼稚園児や小学校低学年のような純粋でキラキラした瞳をした子どもの話であり、図体ずうたいも態度もでかくなった中学生やら高校生やらはどちらかと言えば嫌いな部類に入る。それなのに目の前にいる高校生の少女がやけに可愛らしく見えンのは、彼女が単純で分かりやすい性格をしているからなのか。

 しかし、だからこそムカつく。彼女が、ではなく、いつも彼女の側にいるどこかのヤモリ野郎のことが、だ。


「(あンの野郎、こんな素直で分かりやすい子に好かれてンのに気付かねェとは……目ン玉腐ってンのか、クソが)」


 オレはてっきり、ヤモリとこの子は付き合っているものだとばかり思っていた。以前話した時からこの子はヤモリに対して好意を見せていたし、ヤモリの方もこの子をやたら可愛がっている様子だったからだ。それがフタを開けてみりゃ、あの野郎は付き合うどころかこの子の好意にすら気付いていない始末……本当にアホなのか、アイツは。


「……なァ、一つ聞きたいンだけどよ」

「はい?」


 口の周りをポケットティッシュで拭く女子高生に、オレは無遠慮な質問を投げつけた。


「お前って、ヤモリのこと好きなのか?」

「……ふぇっ!?」


 まさかオレがそんなことを言い出すとは夢にも思わなかったのだろう。一瞬遅れて驚きの反応リアクションを見せた彼女の頬がみるみるうちに赤く染まる。……分かりやすいな、この子。


「や……やっぱり、千鶴さんからもそう見えますか……?」


 赤くなった頬を両手で隠し、消え入りそうな声でそう聞き返してきた彼女に「ま、まァ……」と曖昧に答えるオレ。思った以上に恥ずかしそうにしているのを見て、今更ながら無神経な質問だったかと後悔する。が、一度吐いてしまったつばを飲み込むことは出来まい。


「……オレァ正直、お前ら二人は付き合ってンだと思ってたが」

「わ、私とお兄さんがですか!? ど、どうして!?」

「いや『どうして』って言われても困ンだが……喫茶店で会った時すげェ仲良さげに見えたからな。最初は兄妹きょうだいかとも思ったがそうじゃねェっつってたし、だったら順当に彼女だろうってよ」


 それに複数人ならまだしも、男女が二人きりで小洒落こじゃれた喫茶店に居たりすりゃ、誰だって普通にカップルだろうと思うだろう。


「……あ、あの……私とお兄さんって、カップルだと思って見ても違和感なかったんですか?」

「? 別に違和感までは……」


 確かに、ヤモリの相手にしちゃあまりに可愛らしすぎる子だと思いはしたものの。


「――普通に〝お似合いのカップル〟くらいには思ってたが?」

「『おにあいかっぷる』っ!? そ、そんな私なんかがお兄さんとだなんて#&△○※□☆$@◇~~~ッ!?」

「まァ実際は、ヤモリの方はお前の好意にまったく気付いてねェみたいだけどな」

「ぐはぁっ!?」

「(分かりやすっ)」


 照れたように頬に手を当ててくねくねしていたかと思えば、次の瞬間には大ダメージと共に机に突っ伏す少女。この一連の反応を見るだけでも、彼女の方は本気でヤモリのことを好いているらしいことが分かる。しかし話を聞く限り両想いではない……というか。


「あのバカ、『真昼おまえには他に好きな男がいる』とか言ってたンだが……」

「うぐはぁっ!? そ、それは私が失敗したというか、勘違いされちゃったと言いますか……」

「あァ、やっぱりそういうことなンだな」


 なんというか、ヤモリがしそうな誤解だった。まともそうに見えてもどっかの青葉バカとつるんでるようなヤツだからな。頭のネジの一本や二本、ぶっ飛んでいても不思議ではない。


「しかし余計な世話だろうが……お前はそれでいいのかよ?」

「……分かりません」


 うつむきがちにそう答えた少女の瞳には、その言葉と仕草に反し、覚悟にも似た色が浮かんでいるように見えた。


「分からなかったから……私は今日、お兄さんを歌種祭ここに呼んだんです」


 彼女の表情はどことなく、先日目にしたあの青葉バカ表情それに似ているような気がした。

 ――隠してきた秘密を〝告白〟することに決めた時の、アイツの表情に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る