第一四八食 大学生組と文化祭前③

「うう……私はどうしたらいいんだろう……文化祭までに、少しでも早く正体を明かした方がいいのか、それともあんなに楽しみにしていたあの子の笑顔を守るため、文化祭が終わるまではあくまでも男として接するべきなのか……」

「無駄に格好いい言い方をするな」

「なにが『あの子の笑顔を守るため』だ、元を辿たどりゃ全部テメェの責任せいだろうが」


 机に伏したまま、物憂げアンニュイな表情で呟いた青葉あおばに、俺と千歳ちとせのダブルツッコミが突き刺さる。


「つーか、ンなもんさっさと白状しちまった方がいいに決まってンだろうが。その子が文化祭に誘ってきたのは青葉テメェが男だと信じてるからこそなんだろ」

「文化祭が終わった後に『実は女でした』なんて言われたら余計にショック受けるだろうしな……どうせ正体バラすことになるなら、やっぱり早いに越したことはないんじゃないか?」

「そ、そうだよね、うん……」


 俺たちの言葉を真剣な表情で聞いていたイケメン女子大生は、そのまま顎に片手を当ててなにやら考えを巡らせていた。本人はいたって大真面目なのだろうが……体勢のせいだろうか、どこぞの有名ブロンズ像の物真似にしか見えない。


「……うん。やっぱり私、もう一度話をするよ。許してもらえるか分からないけどちゃんと謝って――罪をつぐなおうと思う」

「青葉……」


 その真摯しんしな言葉に胸を打たれ、俺は眼前で立ち上がった友人を静かに見上げる。


「……分かった。だったら俺も一緒に行くよ。俺だって、事情を知っていながら黙ってたわけだしな」

「えっ……で、でも、キミにまでそんなことをさせるわけには……」

「ばーか、別にお前のためじゃねえよ。……海に行った帰りに約束――しただろ?」

「ゆ、ゆう……!」

「……フッ」


「……なんだこれ」


 感激した青葉に手を握られながらニヒルに笑う俺と、よく分からないノリを見せられて完全にドン引きする千歳。どうやらこの感動は、年下の女の子に関する悩みを持つ者同士にしか理解出来ないものだったようだ。こんな冷え切った視線を向けられると、なんだか途端に気恥ずかしくなってくる。


「こ、こほん……まあなんだ、覚悟が決まったんならさっそく約束を取り付けよう。高等部の文化祭まで、もうあと一週間しかないからな」

「そ、そうだね。ところで夕はあの子の連絡先、知ってるのかい?」

「いや、知らない。だからまずは真昼まひるに連絡して取り次いでもらおう」


 しらんだ空気をなかったことにするべく、俺はかばんから携帯電話を取り出して〝旭日あさひ真昼〟とのメッセージ画面を呼び出した。真昼の名を出したせいか、なにやら後ろから視線が飛んでくるのを感じつつ、画面をスワイプしてメッセージを入力していく。


家森やもり夕:真昼、今まだ昼休みかな? 時間に余裕があればでいいから、後で電話してもらっていいか?』


 高等部の時間割が分からないので、とりあえずこれで一度送信――と、その数秒後。


『プルルルルルッ!』

「(早っ!?)」


 文字通り秒速で俺の携帯電話が着信を告げる。相手は見るまでもなく〝旭日真昼〟――着信者と共に画面に表示された、先日二人で作ったクッキーの写真アイコンがなんだか微笑ましい。


「あ、もしもし? 真昼――」

『もしもしっ!? お、お兄さんですかっ!? きき、急に電話ってどど、どうし、どうしたんですかっ!? も、もしかして大学でなにか事件に巻き込まれて――』

「ねえよ」


 電話越しに聞こえてきた少女の焦りまくった声を、俺は真顔の三文字で遮断する。……どうやら普段から電話などほぼしないせいで、なにか緊急の電話だと思わせてしまったらしい。


「いや、ごめんな突然。今、まだ昼休みか?」

『え? は、はい、まだ予鈴前なので時間は大丈夫ですけど……』

「良かった。実はちょっとお願いしたいことがあって――」


 そう切り出して、俺は真昼に一連の話を手短に伝える。真昼は元々青葉と冬島ふゆしまさんの事情を把握しているので、最小限の説明でも十分だった。


「――というわけで、出来れば今日か明日にでも、青葉を冬島さんに会わせたいんだけど……」

『え、えっと、お話は分かったんですが……』

「ん? どうした?」


 歯切れの悪い真昼に首をかしげると、彼女は『実は……』と言いにくそうに続けた。


「えっ!? か、風邪で休んでる!?」

『はい……最近雪穂ゆきほちゃん、文化祭で出す屋台の方の準備をすごく頑張ってくれてて……でもやっぱりちょっと無理してたのか、体調を崩しちゃったみたいなんです』

「……!」


 スピーカーから聞こえてくる話を聞いて、青葉が静かに息を飲む。おそらく冬島さんは青葉を誘った手前、張り切らずにはいられなかったのだろう。なにせ彼女は、本当に青葉のことを――


「――真昼ちゃん。雪穂ちゃんは、文化祭には来られそうなのかい?」


 いつになく静かな声で、青葉が電話口に向けて問う。


『は、はい。さっきひよりちゃんが電話してくれて、「熱は出てるけどまだ一週間もあるし、文化祭までには余裕で治る」って言ってました。準備の方も、雪穂ちゃんのおかげで予定より早く進んでいたので当日に間に合わない心配はないそうです』

「そっか……良かった」

「……でもしばらくは安静にしないといけないだろうし、どうする? 文化祭の何日か前にでも、なんとか時間作ってもらうか?」

「ううん、やめておくよ」


 俺の言葉に対して青葉は首を左右に振った。


「ありがとう、真昼ちゃん。雪穂ちゃんに『文化祭楽しみにしてるね、お大事に』って伝えてくれるかい?」

『わ、分かりました』

「……いいんだな?」

「うん」


 真昼に礼を言ってから電話を切り、改めて青葉に問い掛ける俺。すると彼女は無言のまま頷き――自分自身に言い聞かせるかのように、どこか厳しい声でぼそりと呟く。


「――あんな話を聞かされて、私が逃げるのは卑怯ひきょうだよ」


 そんな、いつもはふざけた面ばかり見せている同級生の真剣な表情を、教室の後方から金髪の女がじっと見つめていた。

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